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吟詠家の舞台研究3

上手な見せ方―井川健

 

<音楽を見せる>

吟詠は音楽であると同時に舞台芸術であることから、音楽の本質である「聞かせる」ことと並行して「見せる」ことの必要性が生じてきました。一体、音楽を見せるとはどういうことなのでしょう。舞台吟詠に焦点をしぼって考えてみました。

先に結論めいたことを述べてしまいますが、その答えは吟者の「表情や動作」の工夫と、「衣装」や「髪型」などの身ごしらえや「持ち物」などを、それぞれに工夫して、その吟じられる作品を視覚的にも観客に理解させるということです。この両者の視覚効果が即ち「吟詠を上手に見せる事」になります。

 

<表情・動作の心がまえ>

吟者の表情や動作は、発表する会の形式によって使いわけた方がよいので、次に三つの異った舞台例でこの問題を考えてみましよう。

a] 「式典形式」 (大会等での祝吟や招待吟などに該当するものです)心がまえとしては、吟詠の本質である品位格調を見せ、秩序ある会の進行に従います。特に目立とうなどといった意識はすてて、自分の芸を十分発揮させると共に、会場のお客様に対する親愛感を持って下さい。またこの種の会では主催者の慶事に関係したことなどもありますから、祝意などの配慮も必要です。

b] 「コンクール」 コンクールといえども舞台芸術ですから、心がまえは式典形式に順じます。然しなんといっても吟者の熱意や、真面目でひたむきな態度が審査員には好感を持たれます。

c] 「構成番組形式」 (番組の内容が、“日本の春”とか“戦国の武将”といったテーマで構成された作品に出演する場合)基本的なことですが、この様な舞台では必らず企画者や演出家の指示をうけ、作品に対する統一した考え方を聞いて置くことです。その上で、例えば詠まれている情景の中の人物に感情移入するとか、または作者の気持で吟ずるとかの心がまえを決めることが必要です。

こうした感情表現は吟じ方の上でも勿論ですが、舞台上の動作、例えば登退場の歩き方にも表われてくるべきです。日頃の経験を活かして、嬉しい時には明るくはずんだリズムで、怒った時は強いタッチのリズムで、また悲しい場合はタッチも弱く、リズムもゆっくり、といった具合に歩いた方が自然です。更に上半身の構え(特に肩の張り方)視線の方向や強さなども一緒に表現できれば成功です。吟詠家でも、詩舞や剣舞などの心得のある人は、歩き方や目遣(めづか)いが大変上手です。それは肉体表現の訓練や、音楽に合わせて動くという感覚が養なわれた結果であることをつけ加えておきましょう。

 

<ふさわしい舞台衣装>

上手な見せ方のポイント二番目は、前述の様に吟者の身ごしらえに関するものですが、そのトップは衣装です。

舞台出演を数日後に控えて「私、どんな着物を着て出れば良いのかしら…」といった相談をよくうけます。一般論としての舞台衣装の選び方は、一言でいえば“その吟にふさわしいもの”ということになるのですが、特に男性の場合は変化に乏しく、和服では黒紋付に袴、洋服でも黒のダブルが圧倒的です。最近は色紋付で、例えば春の吟題に若草色、秋にブラウン系のものを使って効果を上げる人もいますが、たとえ黒紋付でも襦袢の衿の色や、袴の色柄を工夫することで相当に効果を上げることが出来ます。

洋服の場合は黒に限らず、節度をもって、色や柄、またはネクタイを選んで、その吟にふさわしい服装をととのえることは、さほどむずかしいことではありません。それに比べて女性の場合は、男性のように黒一色ということはありませんし、特に和服が主流ですから、もっとその吟にふさわしい、色・柄・模様の着物や帯、そして帯締や衿を選んで組合せることが出来ます。

 

<曲種別の衣装選び>

次に具体的な衣装(和服)選びのヒントを、曲の種類別に述べましょう。

●祝儀曲=「祝賀の詞」のような祝意を述べた詩曲の場合、男性は黒紋付に仙台平の袴など、女性は黒留袖(江戸褄)か色留袖、または色無地が無難です。訪問着やつけ下げ、若い人なら中振袖もよいが、格調の高い有職文様(ゆうそくもんよう)などの図柄を選んで下さい。

 

 

 

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