また、弥栄村へのUIターン者の中では、UターンよりもIターンの方が多いといわれる。ということは、かつてのように、就労の場が確保されたことによって、「後継ぎ」がUターンする傾向とは異なったものとみることができる。UIターン者へのインタビューにおいても、都会の会社での仕事や、都会での育児などに疑問や嫌気を抱き、収入は大きく減少しても自然や人情が豊かな過疎地で暮らしたい、できれば土と親しむような生活がしたい、という考えからUIターンに踏み切ったというのが、共通した答えであった。
ということになると、UIターンの対象地は、近くに通勤可能な就労の場がありさえすればよく、必ずしも出身地である必要もない。数ある過疎地の中から、なぜ弥栄村が選ばれたのかというと、それは定住のための住宅対策が魅力的だったことが、決定的ともいえる。この間の移住者のうち106人が、村が用意した住宅に入居しており、その数はUIターン者全体の86%にものぼっている。
弥栄村の人口減少が、ここ数年緩やかになっている大きな要因は、こうしたUIターン者の存在にあるし、地域活性化の面でも、小学校の複式学級が一部解消されるなど、目に見える成果を生みだしている。
3 定住化住宅の建設
平成3年度に事業を開始した定住化住宅の特徴は、何といっても、「25年間定住すると住宅・土地を無償で払い下げる」ということであった。この点が、事業開始当時からマスコミなどの注目を集め、移住希望者からも多くの問い合わせが寄せられることとなった。村は、平成3年度から6年度にかけて、住宅建設費、敷地造成費、用地費など約4億2,500万円の事業費をつぎ込んで、毎年5戸ずつ計20戸の住宅を建設した。建築にあたっては、村が先に設計・施工してしまうのではなく、間取りなども個別に入居者の希望をとりいれ、順次建てていくようにした。
定住化住宅に入居した人は、平成3年と4年が23人(5世帯)づつ、平成5年が19人(5世帯)、平成6年が18人(5世帯)の計83人であるが、そのうち4家族15人が途中転出している。転出の理由・要因としては、地域社会への適応の大変さや、漠然とした憧れで過疎地に移住したこと、などがあげられる。しかし、転出率は18%であり、きわめて高い定住化率ということができる。
定住化住宅に入居したUIターン者は、島根県西部山村振興財団で木製品の制作・販売に携わっている一人を除き、他は全て浜田市に通勤している。入居者の中には、何らかの形で農林業に関わりたいとの想いから、弥栄村をUIターン先に選んだ者も多かったが、きちんとした研修を受けていないことと、村内に「受け皿」がないこともあって、家庭菜園を楽しむ程度でおわっているという。なお、こうした状況を打開するためもあって、村は平成9年度から新規就農円滑化促進対策事業を始めることとなる。