(2) 歴史、沿革
古墳時代から奥六郡設置にかけて陸奥の国に、その後、和賀氏の所領に属していたが、後に南部領となり、明治維新を迎えた。藩籍奉還により花巻県、江刺県、盛岡県、岩手県に属した。それ以降、合併を繰り返し、昭和28年の町村合併促進法公布に伴い、昭和30年1月1日に1町3ヵ村(土沢町、小山田村、中内村、谷内村)が合併して「東和町」が発足、現在に至っている。
(3) 交通
近隣市町村間を結ぶ国道283号、107号、456号、これらと交差する形の主要地方道盛岡大迫東和線、北上東和線などの県道を主軸に、町内集落間を結ぶ町道が肋骨状に形成されている。公共交通機関としては、JR釜石線と定期バスが町内外を結ぶ役割をしている。
高速交通面では、東北新幹線新花巻駅、東北縦貫自動車道花巻および花巻南インター、花巻空港に極めて近く、高速交通体系下で大量輸送が可能な条件に恵まれている。
(4) 産業経済
産業経済の中心である農業は、転作や農業就労者の高齢化の進行などで、農業粗生産額は減少傾向にあるが、果樹、花弁等に新作目の導入も図られている。
商業は、モータリゼーションの発展に伴い、国道283号沿いに商店が進出するなど新たなエリアが形成されているが、既存商店街の衰退が問題となっており、その活性化が課題である。
工業は、バブル崩壊後、事業規模の縮小や人員削減、誘致企業の倒産、撤退など厳しい状況にある。近年進出した企業を除き、女子型・小規模企業が多く、施設、設備の近代化が立ち遅れている。
2 過疎の状況
(1) 人口動態
東和町の総人口は1万1,123人(平成7年国勢調査)。
町村合併時の昭和30年ごろをピークとして、高度成長期の昭和45年ごろまでは、若年層を中心とする労働力の都市流出が進み、急激な人口減少が続いたが、昭和50年ごろになってその傾向は鈍化しはじめ、平成2年国勢調査では減少率は3.0%、平成7年には4.8%と微減傾向が続いている。
これは、自然増減で減少が進んでる中にあって、社会増減で町内や近隣市町村の雇用環境の改善により労働力人口の流出が減少、また、都市農村交流の活発化や価値観の多様化によりUIJターン者が増加して、全体として人口の減少が抑制されている。