そのために膨大な深層水を海面に湧昇させる技術の構築に主眼が置かれ、陸上設置型深層水取水施設はその試験場とも言える。
沿岸部や湾などの肥沃化は、環境問題、施設建設のための経済問題を別にすれば技術的には可能であるとされている。しかし、外洋では洋上設置型取水システムヘの移行が不可欠とされ、陸上設置型深層水取水施設で技術的に可能とされた栄養塩の濃度保持が洋上設置型取水システムでは困難さを極める。それは、潮流の影響で栄養塩が拡散することにある。拡散を防ぐためにオイルフェンスの様な隔壁を設ける事も考えられるが海象条件の許容範囲でのこととなり、現実問題としては困難である。
海域の肥沃化は、食料の安全保障に直接関与してくる事柄で、深層水研究に携わっている研究者の最終的な目標の一つである。
海ヤカラ1号の提示する海域肥沃化メカニズムは、現状では科学のテーブルにまだ載っておらず、科学的解明に向けた継続的な観測態勢の整備とデータ構築が不可欠である。
一つには実験室において、微量の深度を異にする深層水、表層水、空気、太陽光の組み合わせにより、生成する有機物量を計測することである。生成する有機物の種類による深層水、表層水、空気、太陽光の組み合わせ条件の把握は重要である。
海域肥沃化研究は、基本的に食料資源の安全に関係する技術である。食料自給率が低下している中で、突発的な気候変動に伴う食料(特に穀物)生産の低下現象の発生は、食料の確保と言う我が国の安全保障の上からも重要な課題である。海ヤカラ1号の設置に伴う植物プランクトン増殖等の海域変化の現象を明確、且つ科学的に解明することは、200海里経済水域内における海域肥沃の技術的確立、及び国際協力にも寄与できると考えられる。
3) 生物効果研究
・鮮度保持効果メカニズムの解明
魚類の鮮度保持は、ネクローシス過程を極めて緩やかに進行させることであると言える。ネクローシスは、血流の停止による生体細胞への酸素、栄養分の供給停止→ミトコンドリアの膨潤→イオン輸送系の崩壊→細胞の膨潤→DNAのランダムな分解→細胞の溶解と言う経路を辿る。
本報告書の資料編に掲載のマウス摘出肝の組織写真に示されていることからも、鮮度液を作用した細胞は、形態的には対照区と比べて細胞の膨潤、核消失(DNAのランダムな分解)が抑制されている。これは、ネクローシス過程のミトコンドリア→イオン輸送系に鮮度液が効果的に作用して、細胞の代謝を調和のとれた状態に維持していると見ることができる。突き詰めるならば、生体エネルギーのATPを生産するミトコンドリアに何らかの作用をしていると考えられる。