しかし、傷害は完全に癒されるということはありません。私の患者さんで、45歳で心筋梗塞になった方がいましたが、7回再発して助かったのですが、8回目には亡くなってしまいました。結局、私は主治医としてこの方を完全に治すことはできなかったのです。
このように治すことのできない病気はたくさんあります。先天性の疾患の多くは治すことはできません。21世紀になれば遺伝子の組み替えによって先天性疾患のいくつかはどうにかできるようになるかもしれません。そのような希望はありますが、いま生活習慣病といわれている慢性病は治ることはないのです。一度かかったらそれきりです。動脈硬化症も高血圧症も治ることはありません。悪くなるのをできるだけ抑えるのみで、あとは手をこまねいているだけです。
アンブロワーズ・パレ(1510頃〜90)というフランスの有名な外科医の言葉にこういうのがあります。
(医者は)時には癒すが、
和めることはしばしばできる。
だが、病む人に慰めを与えることはいつでもできる。
この言葉は、「医師よ、騎(おご)るなかれ」と言っているのです。医師は、本当にわずかしか治すことができないではないか。しかし、慰めはいつでも与えることができるのに、医師はそれをしているだろうか。
私はパレのこの言葉を思うにつけ、治癒を目的とした近代医学は医療の中ではほんの一部分であって、大部分は治療できない疾患に移行してそれで死んでしまうのだと考えています。