2. 気候と海の関わり
気候と海はどのような関わりを持っているのでしょうか。この章では、やや抽象的な表現になりますが、気候の成り立ちやその変動に、海が本質的な役割を担っていることを述べていくことにします。
2.1. 大気と海洋の緩和時間
気候とは、長い時間で平均した大気の総合的な状態を指します。すなわち、当然のことですが、気候を具現化しているものは大気です。しかし、この大気の長期平均場を決めているのは、実は海なのです。抽象的表現ですが、これは「海の熱的慣性は大気に比べて格段に大きい」ことに因っています。ここで、慣性とは「変りにくさ」のことです。以下にこの事実をやや詳しく見ていきましょう。
はじめに、大気と海の成層を作る時間スケールを見ていきます。成層とは、空気や海水の密度が空間的に非一様であることを指します。一般には、大気も海も重いものが下に、軽いものは上に存在するという安定成層をしています。
この成層を作るプロセスが、大気と海ではまったく違うのです。大気は「放射-対流過程」で速やかに成層が作られます。放射とは電磁波を放出すること、対流とは鉛直運動が卓越した3次元的な運動のことです。一方、海の成層は、時間のかかる「移流-拡散過程」で形成されます。移流とは、水平運動が卓越した流れで、拡散とは小さなスケールの乱れによって情報(この場合、熱や塩分)が広がっていくことです。
今仮に、太陽から受取る地球の熱エネルギーが急に変ったとしましょう。この変化した熱エネルギーの入射に対し、どの程度の時間で新しい成層状態に移るのでしょうか。この時間を緩和時間と呼ぶことができます。おおざっぱな見積もりをしますと、大気の緩和時間は約1か月であるのに対し、海は、海面から海底までの全層を考えますと約千年です。ですから、大気は周囲の環境の変化に素早く追随できるのに対し、海は早変わりができないのです。
地球は自転軸を約23.5度傾けて太陽の回りを1年で回っています。したがって、地球上のそれぞれの場所で、太陽から入射する熱エネルギーは季節変化をすることになります。この季節変化する入射熱エネルギーに対し、過去を「忘れっぽい」大気は素早く応答します。それが、中緯度に位置する日本に住む私達が、四季を享受出来る理由です。一方、海はどうでしょう。確かに本州付近では、夏に海水浴を楽しめますが、冬にはできません。四季が有りそうですが、これはせいぜい百メートル程度の表層に限られるのです。平均水深約4000メートルの海の大部分には、四季がないのです(注1)。