資料4.2.1(3) 講演会予稿パンフレット(2)
海を測り、未来を知る
東京大学気候システム研究センター 木本昌秀
今年の夏は去年の夏とはけっして同じではありません。年ごとの天候の変動やもっと長期の気候の変動を決めているのは、グローバルな大気の流れとその下の海や大陸との複雑なやりとりです。地球の気候を決める大気、海洋、陸面などのシステムを総称して「気候システム」と呼んでいますが、気候システムは絶えずゆらいでいます。
長期予報がぴたりと当たれば、衣料、飲料、食料などあらゆる分野での経済的効果はあきらかですが、実際にはなかなかそうもいかないのには理由が二つあります。一つは、天候を支配する大気の流れがふらふらと乱れていて、「カオス」的であるためです。このため、来月の今日の東京の天気、といったピンポイント予報には根本的な限界があります。新聞に出ている週間予報も、最後の方は精度が落ちてくるのはこのためです。しかし、ピンポイントの「天気」ではなく、西南日本の夏の天候、といったような空間的にも時間的にもある程度ならした「天候」についての予報ならば、いまより精度を上げられる可能性があります。天候変動は大気と海や陸との相互作用に強く影響を受けていますが、長期予報がままならぬ二つ目の理由は、この相互作用の実態がよくわかっていないことなのです。
現在、明日あさってから1週間くらいまでの天気予報は、衛星や観測所のデータを用いて、物理法則をプログラム化したコンピュータモデルによって行なわれています。
大気現象の寿命は長くて1ヶ月程度なので、海や陸のことがあまりよく分かっていなくてもまあオーケーなのです。日本は世界に先駆けて1ヶ月予報にコンピュータモデルを取り入れた国です。しかし、依然として季節予報などの長期予報は予報官の勘と経験に頼っています。
天気予報用のコンピュータモデルは大気運動を主に計算にしていますが、より長い天候変動の精度を上げるために、大気と海洋や海氷、陸面状態のモデルを結合した気候システムモデルが使われるようになってきました。産業活動による地球の温暖化のシミュレーションもこのようなモデルで行なわれています。気候モデルは、過去に起こったことを事後検証したり、実際の気候をまねたシミュレーションで、気候変動のメカニズムを探ったりすることを中心に用いられてきましたが、1990年代に入って、赤道太平洋に設置された数十個の海洋観測ブイのデータのおかげで、巷でも話題のエルニーニョ現象についてはコンピュータモデルを用いた予測が可能になってきました。観測データが、現象の実態を明らかにし、予測に必要な初期値作成を可能にしたからです。海表面下数百メートルの水温の観測データをコンピュータモデルに合理的に取り込んで初期値を作成する、「海洋4次元データ同化」の技術も発展してきました。
しかし、エルニーニョだけが気候変動ではありません。日本のような温帯の国に影響を及ぼす中緯度海洋の観測はいまだに間欠的な観測船などに頼っているのが現状です。エルニーニョの起こる赤道地方とは違って中緯度では海の流れが遅く、持続的な観測が必要です。また、表層近くだけでなく1000メートル以上の深さの変動が長期の気候変動と関係していることがわかってきました。
気候システムの成り立ちを知り、気候変動のメカニズムを知って、よりよい予測ができるためには、まず、対象を観測することによって実態を明らかにせねばなりません。天気予報のために比較的よく観測されている大気に比べ、電波が届かないため衛星観測のできない海洋内部の観測に期待がかかるゆえんなのです。