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以上のように考えると「育てる」という行為は対象者の「育つ」過程を損わないようにすることであり、また時に呼び戻したり助長し支援したりすることである。そしてそれは「育てる」側の日常の姿勢が強く影響する。よって「育てる」は先ず私自身を育てることから始まり、私自身が育つ過程の中でこそ実行されていく。そのことを肝に銘じて私は部下を育成するつもりである。

 

右の論述はルソーの言辞を引用し、それにからませながらの主張である。これ位の出来であれば東京消防庁の消防司令補として恥ずかしくない教養が充分に感じられる。

この先人の言辞の引用は知性・教養のにじみ出る論述になり易いという利点の外に主張の正当性や真実性を印象づける有効な論証のテクニックでもある。一介の凡人に過ぎない私たちの言説がたとえ真理を突いていても読み手は容易に賛同しない場合がある。しかし自分以外にも同じ考えの人がいることをわからせるために自説と同じ考えの他人の言辞を引用する。それらの人々が第一等の政治家であったり、思想家・文豪・科学者等々であれば効果は絶大である。これらの有力な人たちとスクラムを組んで共に読み手を説得することになるからである。

4 独自の主張であること。

他人の尻馬に乗った論説文は見苦しい。いくら整った論説文であっても新聞やテレビジョンの社説や解説の論調を下敷にしたような論述ではいけない。また既に世論になってしまった論説を類型的な素材(材料)を使って、常套的な論法で主張しても新鮮さに欠け、価値は低い。たとえ貧しくとも自分独自の考えを自分のことばではっきり主張しよう。そのためには日頃自己啓発に励み、多角的・多面的に見たり考えたりする柔軟性を養いながら自分の思想(考え)を培っておくことが大切である。独創的な主張、個性的論述でありたい。結論が先行の他の論述と同じであっても、せめてそこに至る論述の道筋は独自のものでありたい。

5 迫力ある文章。

この条件を叶えるには次の三点を心がけるとよい。

(A) 自信をもって、はっきりと主張する。

熟慮に熟慮を重ね、自分の考えをまとめる。考えが決まったら自信をもって、はっきり主張する。そうすれば書き手の自信や気迫がペンに乗り移り、迫力のある文章になる。

(B) 一文を短かくする。

一つの文が長く、その中に幾つもの内容が述べられるとダラダラして雑然とした文になり、読み手は理解しづらい。歯切れが悪く、迫力にも欠ける。そこで一文を短くする。一つの文に一つの内容を述べるよう心掛ける。そういう文が続くと歯切れがよく迫力のある文章になり易い。ダラダラと牛の涎のような長い一文は迫力に欠けるだけでなく、読み手は理解が困難である。私のいう牛の涎のような文というのは文の終止を示す句点(。)がなかなか打たれないで、読点(、)を打ちながら長く続く文のことである。だから一文中に幾つもの内容のことが数珠つなぎに述べられることになる。そのことを理解してもらうために消防庁の初級幹部研修で提出された作品の一部分を掲げ、その後に一文を短く改め(文の起こしと結びの応じ方も悪いので、これも改め)たものを示して右に述べたことを理解してもらおうと思う。

 

…私は前署において、仕事においても臨機応変な対応ができ、警防隊員として申し分のなく、平素の部下の信頼も厚く、早く昇任試験に合格し上位の階級に進んでほしい年上の先輩がいた。

…私には前署で、仕事において臨機応変の対応が出来、警防隊員として申し分のない先輩がいた。この人は平素部下からの信頼も厚かった。早く昇任試験に合格し、上位の階級に進んでほしいと私は思っていた。

 

 

 

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