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災害時救急業務と法的問題

宮崎産業経営大学法学部教授 平井孝

 

一 防災行政と憲法 ―救急業務の法的地位―

日本国憲法第一三条の個人の尊厳保障の法理は、主権者国民の信託する行政にたいして人命・財産の救護、すなわち、その過不足なき防災活動を求めている。個人はその尊厳性をみずからの自立自主的な生活選択によって維持するもので、これにたいする不本意な干渉は国家・行政といえども許されない(自由権の保障)。しかしこの自立的な生活選択が困難な要保護者は、その人間的尊厳性維持のための救命措置、救急業務が行政の自律的発動として保障されなければならない。この国民・住民の憲法上の地位をどのように考えるべきかは、今日わたくしたちが直面している重要な課題なのである。

日本国憲法の国民主権・基本的人権尊重の理念は、国家の国民に対する奉仕者的性格を明確にしている。憲法前文第一項の「…そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。…」はこれを明示している。しかし、憲法前文は裁判規範の性格をもたないとする定説によっても、国家活動のすべてが国民代表議会の立法的裁量事項と考えられるべきではなかろう。このことは、自由権のように内容が明確なものについては、直接憲法によってその侵害排除が訴求できることからも明らかである。

現代国家の行政は危険管理性をその特徴としている。危険管理には予防計画と危険防除(救急業務)機能が含まれる。災害対策基本法、消防法などは自然災害、人為的災害をとわず国民の生命・財産の侵害にたいしては、その速やかな救護のために警察的管理的権力が発動されうる。この警察・消防機関の行政活動には災害防除にたいする専門・技術的機関として裁量が認められている。しかし、近年、行政裁量にたいする統制法理の進展によって、経験則からみて職務活動が必至の場合には裁量がゼロとして職務権限の不行使の責任が認められるようになった。しかし、これは裁判所において慎重に対応すべきものと考えられている。

 

二 救急業務の法的根拠

地方自治法は第二条第三項(地方公共団体の事務の例示)第一号で「住民及び滞在者の安全、健康および福祉を保持すること」、第八号で「防災及び罹災者の救護を行うこと」、第九号で「病人等を救助すること」を、それぞれ規定している。

消防法は第一条(目的)で「火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害に因る被害を軽減し、もって安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資すること」と、第二条の(救急業務の定義)第九項で「災害により生じた事故若しくは屋外若しくは公衆の出入りする場所において生じた事故…」「…又は政令で定める場合における災害による事故等に準じる事故その他の事由で政令で定めるものによる傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを、救急隊によって医療機関(厚生省で定める医療機関をいう)その他の場所に搬送すること(傷病者が医師の管理下に置かれるまでの間において、緊急やむを得ないものとして、応急の手当を行うことを含む。)をいう。」と定めている。

 

 

 

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