…当時の被控訴人のカーステレオの音量は普通程度であり、被控訴人の聴覚には格別異常はなかったというのであるから、被控訴人が右サイレン音を認識することが不可能であったと到底認めることはできず、被控訴人の前記主張は採用することができない。
他方、緊急自動車の運行は、一般車両に優先し、前方赤信号の場合も、停止義務を免除されている(道交法三九条、四〇条)。しかし、緊急自動車が赤信号の交差点を通過しようとする場合には、交差する道路を通行する自動車の運転者が青信号を信頼し、かつ、緊急自動車のサイレン、警告灯などに気付かずに交差点に進入してくることが十分予想さるのであるから、緊急自動車の運転者は、交差点進入に際して、特に左右の安全を十分に確認して徐行すべき注意義務があるというべきである(同法三九条)。
原告車は、救急車であるから、緊急自動車に当たることは明らかであるところ、救急自動車の運転者は、原告車を運転して南北道路を北進し本件交差点に差しかかった際、前方の赤信号及び進路前方に本件国道の右折停止線を越え右左折指示マーク付近まで右折のため進出して停止している大型トラック等を認め、進路を南北道路の反対車線に出て右大型トラックの右側(東側)まで進出して一時停止し、左右の安全を確認して徐行しながら北進しようとしたが、被告車右前部に救急車左側側面部を衝突させたもので、左右の見通しが悪かったのであるから、見通しがきく位置まで更に最徐行し、左方の安全を確認した上で通行すべき注意義務があるところ、これを怠った過失があったというべきである。
救急車運転者と被告の過失を対比すると、その割合は、救急車運転者三、被告七と判断するのが相当である。」
三 本件についての考察
(一) 本件は、交差点内における救急車と乗用車の衝突事故で、過失割合が問題となった事例である。
一審の佐賀地裁判決では、救急車側七割、乗用車側三割の過失割合だったのが、二審の福岡高裁判決では、救急車側三割、乗用車側七割と逆転した事例である。
逆転した理由は、一審判決では、乗用車の運転者が窓を閉め切った状態でカーステレオを聞きながら救急自動車のサイレン音を認識不能のまま乗用車を運転し、救急自動車のあることに気付く状況にはなかったとするのに対し、高裁判決では、窓を閉め切っても五〇m離れた位置からサイレン音が聞こえるし、他の車両が対面信号が青であったにもかかわらず、全部停止していたことから、乗用車の運転者は、サイレン音が聞こえていたと推認されるとした点が異なる。
その結果、過失割合が逆転したが、本件事例では、次の点が参考となる点である。
まず、閉め切った車内で、サイレンが聞こえるかが問題であるが、これは、高裁判決で指摘しているように、実験結果や、他の車両が停止していることから聞こえていたと推認できる。本件のような事例が発生した場合には、サイレン音が聞こえていた証明をするために、事故直後、他の車両の運転者に、サイレン音がきこえたか確かめておくとよい。
次に、救急車の前部が衝突していることから、救急車は徐行していたと推認できると判決は認めているが、徐行したことの証明(事故直後の目撃者を捜したり、徐行の記録を詳細にする)をできるようにしておくといったことが、紛争解決のために必要である。
(二) 緊急自動車との出会い頭の衝突事故の過失割合について、交通整理の行われている交差点での(血液銀行の)緊急自動車(加害車)と被害車との出会い頭の衝突事故につき、緊急サイレンを鳴らしながら赤信号で進入した加害車に徐行義務違反があるとして過失を認め、緊急自動車に全く気づかずに交差点に進入した被害車側に七割の過失相殺を認めた判決例(東京地裁、昭和四四年四月三〇日判決、判例時報五二八三号六一頁)があり、本件事例も、それに類似する事例で、過失割合を判断するための貴重な参考事例といえる。