日本財団 図書館


第二三回消防職員意見発表 優秀賞

 

去る六月一日、神戸市「新神戸オリエンタルホテル」で行われた第二三回消防職員意見発表で優秀賞を受賞された中国支部(広島市消防局)森田次郎さんと北海道支部(札幌市消防局)大平拓司さんの発表内容を紹介します。

 

010-1.gif

 

「沈黙」から『喝采』へ

中国支部代表 森田次郎

 

災害は、事あるごとに私達を追いつめ、そして問いかけます。

昨年の六月二九日、広島市を襲った記録的な集中豪雨は、二〇名の尊い命を奪い、市民の心と市政に大きな傷跡を残しました。

私は、この災害から一人の母親が犠牲となった、ある現場活動の様子を振り返り、自主防災活動の意味について考えてみたいと思います。

現場での救出活動は困難を極め、明らかな長期戦でした。

民家を砕き、母親を飲み込んだ土石流は、途方もない泥の海となって私達の前に広がっています。

この中のどこかに母親はいる。そして必ず生きている。

全ての隊員は、そう信じて無意味とも思えるような、一杯の泥をすくっては掻き出す。作業は、この繰り返しでした。

時間の経過と共に住民は苛立ち「野次」は「罵声」へと変わって行く。

隊員の胸ぐらを、つかまんばかりに詰め寄ってくる。

現場が騒然とした空気に包まれ、パニックになる正にその時でした。現場指揮者の呼びかけが、事態を一変させたのです。

「皆さんの中で、長靴を履いている人、手袋をしている人があれば、バケツ一杯の泥で結構です。是非運び出してください!」

周囲は一瞬どよめきましたが、次の瞬間あれほど苛立っていた住民は、誰からとなく一列に並び、整然とバケツを回しては、泥をかき出して行くのです。秩序を取り戻した現場は、誰一人として愚痴をこぼす者はなく、沈黙の作業は三時間余り続きました。

「これだ!」これこそが「自主防災活動の原点だ!」と感じたのは私だけではなかったはずです。

再び雨足が強まり二次災害防止のため、住民の作業中止が告げられました。「後は、頼んだで!」と、現場を引き上げる住民の間からは、かすかな拍手さえ起こりました。しかし私の心には大きな住民の「喝采」が聞こえたような気がしたのです。

災害現場は、正に「沈黙」から「喝采」へと変わった瞬間でした。

こうした住民の変化は、何が原因だったのでしょうか。

思えば、危険だからただ避難するというのは、余りに受動的で達成感のないものです。

住民は自らの手で壊れた家を触り、泥をかき出すことによって「自分達も、災害に立ち向かっているんだ!」という「正義感」と「満足感」を覚えるものです。そのことが逆に苛立つ心を鎮めたのではないでしょうか。

「災害に強いまちづくり」とは、危険だからただ避難するという受動的なものではなく、むしろ「災害に立ち向い、行動する人づくり」だと思うのです。

目の前にある危機に対し「行政が何をしてくれるのか」ではなく「自分達で何が出来るかを考え、行動する」これからの自主防災活動には、こうした積極的な姿勢が求められると思います。

私は、ここで提案いたします。

六月二九日を「行動する市民防災の日」と位置付け、危機管理の重要性を広く住民にアピールするのです。

ハザードマップが公開され、住民自らが居住地域の危険性を認識出来る今が、危機管理意識を高めるチャンスだと思います。

「人づくり」とともに大切なのは、地域の「結束」です。

裏山をコンクリートで固め、土手を高くすることも「防災」には重要なことです。しかし「自主防災」の原点は、何よりも一人一人の住民が協力して助け合うという「隣保協同」「相互扶助」の精神だと思います。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION