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組織内部において発生し・発見された不正を極秘裡に処理して隠蔽し、その隠蔽がさらなる隠蔽を生み、それが露見するや虚偽の言明を試み、虚偽を繕うためにさらなる虚偽を生んだあげくに、全貌が明らかとなって関係者の処分が実施されるという一連の経過がそれである。これに対して組織の「異常体質」が指摘され、「会社の常識は社会の非常識」、「役所の常識は社会の非常識」との指弾がなされるのをどれほど見てきているだろうか。

ここにいたってなお、前述のような「危機管理」の発想にとどまり続けることが適切でないことは、さすがに明らかであろう。

 

四 課題事項と事例分析

大企業や行政機関における組織的不正に対して社会が早くから厳しい姿勢をもってのぞみ、不正の撲滅に積極的に取り組んできた国はアメリカ合衆国である。そこではすでに一九七〇年代にニクソン大統領の辞任にまで及んだウォーターゲート事件、わが国の政財界にまで大きな影響を及ぼしたロッキードなど多国籍企業をめぐる贈収賄事件、八〇年代における防衛産業の受注をめぐる一連の不正事件(談合、贈賄、水増し請求、不正割り戻しなど)などの責任追及が行われ、一九七七年には「海外腐敗行為防止法」、翌年にはわが国の「国家公務員倫理法」のモデルとなった「政府倫理法」が制定されており、八〇年代後半には防衛産業界での自主的ではあるが体系的で実効のある倫理遵守運動が開始されるなど、わが国における類似の動きに二〇年ないし二五年の先行を見ることができる。このようにしてアメリカ社会は企業・行政・医療・教育など、社会の各分野での組織体の業務遂行に関わる倫理の確立に向けて、すでに多くの経験と実績とを積んできている。

アメリカにおける組織倫理への取り組みにきわめて特徴的なことは、組織体における日常業務のうちにおいて発生する可能性があり、その処理のしかたいかんにより倫理的な問題となるおそれのある行為を具体的に特定し、その性格・発生原因・予想される影響などを徹底的に分析することにより、その取り扱いに細心の注意をもってのぞむことである。そのような行為または事項は「イッシュー」と呼ばれているが、以下ではこれを課題事項と呼ぶことにする。

課題事項を出発点とするとき、組織倫理の具体的実践の基本的内容は次のようなものとなる。すなわち、それは課題事項に対する組織としての感受性を高めることを基礎として、1]問題(プロブレム)の現実的発生を確実に回避しうる倫理的行動の徹底に有効な、あらゆる方策の体系的採用を試みること、2]それにもかかわらず発生を余儀なくされるにいたった問題に対しては、即時適切な対処を実行するとともに、その経験のうちから再発防止の強化に有効な教訓を確実に導き出すこと―の二つからなる。

このような具体性重視と実践志向の立場に立つならば、企業倫理の実現にとって何にもまして高い価値を有するものは現実に発生した問題事件である。みずからの組織において発生した事件はもとより、他において起こった事件もまた同様である。このように個別的・具体的な実在事象を対象に、社会科学・自然科学・人文科学など様々な専門的知識を動員して精緻な科学的分析を行うことを事例分析といい、その成果がしだいに蓄積されていくならば、それらの比較・総合を通じて課題事項の把握が一段と正確性を増すことになる。

しかも、個別事例に対する分析の成果そのものが教育訓練機関での組織倫理教育における不可欠の教育方法としての事例研究に対して、適切な教材を提供する。さらに、組織体の実務における上述のような組織倫理に関する実践に使用される各種の手法の個別的な内容に対しても、有効な具体的示唆を与えることになる。

課題事項の概念と結びついての事例分析ならびに事例研究のこのように重要な役割に注目するとき、不幸にして現実に発生するにいたった問題事件は他に得難い貴重な検討素材であり、その発生を経験した当の組織体はもとより、組織倫理に関心を有するあらゆる方面において徹底した検討が加えられ、再発防止に向けて全面的に活用されることとなるのは明らかであろう。このような認識が定着するとき、事件の発生を経験した組織体そのもの、もしくはその関係者個人が事件に関して自己の有する情報を積極的に公開し、その社会的活用に供することをもって当事者としての責任の履行と考える風潮すら生まれるのである。

 

五 組織倫理の制度化と社会的支援

各組織体の内部において組織倫理への取り組みを体系的に推進するための体制を構築することは「倫理の制度化」の名で呼ばれてきている。

その主要な構成要素は以下のようである。

1] 倫理関係事項を専門に担当する常設機関の設置−組織倫理に関する調査・研究、関連企画の立案・実施、成果の点検・評価などを一貫して遂行する。

2] 倫理規定(綱領)の制定・遵守−課題事項ならびに問題の事後処理に際しての基本的留意事項を具体的に指示するとともに、規定の遵守状況の点検、違反に対する厳格な処置、規定内容の定期的見直しなどをも規定する。

 

 

 

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