もちろん、「いまだ詳細は判明しない」という意味での「不詳」とは全く異なることはいうまでもない。その点、これも同じような場面でしばしば使われる「遺憾」が他者への「謝罪」や「詫び」を意味するものでないこととも相通ずるものがある。
このようなことを貴重な紙面を使ってまであえて指摘したのは、この言葉遣いがひとり企業のみに限らず、日本の組織に一般に見られる組織的不正に対する態度をみごとに象徴していると考えるからである。それを明らかにするために引き続き企業の場合を例にとって、上のような記者会見に続く当該企業での実務的取り組みの内容を見ることとしたい。
このような状況への日本企業の対応は一般に「危機管理」の名のもとに行われている。この場合の「危機管理」がクライシス・マネジメントを意味するか、それともリスク・マネジメントを意味するかは見解の分かれるところであるが、いずれにしても発生した問題に対する各種の社会的反応が企業の存立にとっての重大な脅威と受けとめられることにより、危急存亡の「危機」に際しての自己の「防衛」を保証する一連の行動が「危機管理」のプログラムにのっとって緊急に展開されることとなる。
したがって、実行される施策の内容は、応急措置ならびに事後処理のいずれに関しても、いわゆる企業イメージの回復・維持に貢献する諸施策の強化と、各種の法的処理手続きの進行への対応ならびに、法律遵守の励行を徹底するためのコンプライアンス・プログラム(法令遵守基本規定)の設定・運用に、力点がおかれることとなっており、それぞれ広報ならびに法務の担当部署が「危機管理」の実践に際しての主たる任を負うこととなるのである。
このような取り組み方について何よりも注意しなければならないことは、この場合、企業の内部に、したがって企業自身に存在する原因により生じている問題までが、純粋に企業の外部に原因を有する問題と何ら区別されることのないままに、事実上、同一の性質のものとして終始扱われ、それに直面することとなった企業の維持・存続が絶対・至上の命題として設定されていることである。
それゆえ、それのみをもってしては、問題そのものの発生をもたらした組織内部における根本的原因を詳細にわたり追及・確認し、それに対する今後の取り扱いを多面的に検討・確定することにより、問題の再発を確実に防止するとともに、そのような万全を期した予防措置にもかかわらずなお発生を余儀なくされる可能性のある、新たな事態に対する即時適切な対処の方針を事前に策定し・周知させることは行われることがなく、その結果、問題は以後も引き続きくり返されていくことが避けられないのである。
しかし、このような傾向そのものは別に日本の組織にのみ固有のものであるわけではなく、組織体のすべてが多かれ少なかれ具えているものであることが注意されねばならない。
三 組織の病理
二〇世紀は早くもその出発点において「組織の時代」とよばれ、社会活動の主要領域が組織体によって担われるようになることがすでに十分に予測されていた。その組織社会としての様相はその後、この世紀が終ろうとする現在にいたるまで一貫して強まり、世紀を越えてさらに飛躍的に進行する気配を見せている。組織間の連携の形は違っても、利害を同一にする連携の範囲は一段と広がり、ますます巨大な組織体が生まれつつあるからである。
ところで、いうまでもなく企業、官公庁、病院、学校、その他の組織体はそれぞれに固有の機能の遂行を社会から期待されて、その機能の遂行を目的として形成され、その完遂を通じて社会の期待に応えることにより存在の持続を容認されている社会の器官、まさに公器にほかならない。そして、その機能の遂行は組織体の内部にあって業務を担当する構成員はもとより、外部にあってその業務に協力する各種の関係者によってなされる。
そのような組織体の機能に対する社会の期待がさらに高まり、機能の内容が大量化・多様化・複雑化するにともない、業務の遂行に関わる内部構成員ならびに外部関係者の数および種類は着実に増大する。しかし、こうした組織の大規模化は、その組織体の存続そのものに重大な利害関係を有する人々の増加を意味し、その人々の期待が組織体の本来の目的であり存在理由である社会からの期待とのあいだに一種の緊張関係を生む可能性がある。
そのうえ、大規模組織における職務の特殊的・専門的分化にともなう狭い限られた範囲への関心の集中や、多数・多様な構成員に対する統率の必要が生み出す少数の上位職務への権限の集中などが、組織体の本来的目的達成への献身の意識を稀薄化させる危険性も大である。
ここに組織における目的と手段との転倒、手段の目的化と目的の手段化、目的に対する手段の支配などの表現で知られる、組織体の病理現象の発生する可能性が認められる。
組織的不正の多くがそれ自体このような性質のものであることもただちに了解されるではあろうが、そのこと以上に、原因や性質のいかんを問わず、組織における不正のすべてを増幅させ、反復させ、蔓延させ、まさに「危機」を意識せざるをえない状況にまで導くものが、このような組織的病理であることは厳しく認識されなければならない。