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そして「そんな時怖くはないですか」と聞く私に、決まって「制服を着ているから」という答えが返ってきたのです。それは、もしかしたら消防職員としてのプライドから出た言葉かも知れません。しかし私は「そうなのだろうか」と疑問を感じていました。「じゃあ、制服を着ていなかったら?」と。しかし時が過ぎ、私自身救急隊員として勤務し、様々な現場を経験するうちに、「仕事ですから」という台詞を当たり前のように口にするようになっていました。それは、私が疑問を感じていた「制服を着ているから」とそのまま同じ意味だったのです。

でも、そうではないはずでした。私は、駅で出会ったその女性の安心した顔を見た瞬間にそのことを思い出したのです。私は制服を着ているから手を差し伸べるのではなく、そうしたいからこの制服を着ることを選んだはずなのです。だからこそこの制服にプライドを持つこともできるのです。そして今、制服を着ていなくても手を差し伸べる時だ。そう思った途端、私の中の「どうしよう」は、ようやく姿を消したのでした。

ベンチに寝かされた女性に近づき、意識・呼吸・脈拍を確認し、「呼吸も脈拍もありますからね。ただ意識がないので、空気の通り道が塞がらないようにしておきます。何か病気をされたことがあるかご存知ですか。」と連れの女性に声をかけました。そして気道確保をしながら救急隊の到着を待ちました。私がしたのは、たったそれだけのことでしたが、その女性は「ありがとうございました。心強かったです。」と私の手をとって繰り返していました。最後にその女性は「看護婦さんですか」と私に尋ねました。「いいえ、消防職員です」私は答えました。(制服は着ていなくても)と心に思いながら。

二週間ほどして、一通の手紙が届きました。差出人に心当たりはありませんでした。封を切り、中を見てみると、それはあの時倒れた女性の娘さんからの手紙でした。連れの女性に、名前と住所だけでもどうしても教えてほしいと言われ、メモしたことを思い出しました。手紙には、丁寧なお礼の言葉と、その後あのおばあさんが無事退院したことが綴られていました。そして最後の言葉はこんなものでした。「大変だと思いますが、これからも消防署のお仕事頑張ってください。」

私は「なぜこの仕事を選んだのか」という大切な気持ちを見失いそうになった時この手紙を読み返します。そして、いつでもこの手を差し伸べることの出来る人間でありたいと思うのです。たとえ制服を着ていなくても。

 

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発表者インタビュー(敬称略)

1] 出場した動機

2] 発表で最も訴えたかったこと

3] 発表を終えての感想

4] この体験を将来どのように生かしたいと思うか

 

○中国支部(広島市消防局)森田次郎

『沈黙から喝采へ』

平成一一年六月二九日、記録的な集中豪雨により一人の犠牲者を出したある土石流現場から、地域住民とともに行った救出活動の様子を振り返り、自主防災活動と危機管理の重要性を訴える。

1] 土石流現場において、防災機関と住民とが協力して行った救出活動の様子を振り返り、これからの自主防災活動のあり方について考えてみようと思いました。

2] 防災機関による発災時の対応には限界があることを知った上で、これからの自主防災活動には「自分達で何が出来るかを考え行動する」という積極性が必要であり、その為の人づくりが重要であることを訴えたいと思いました。

3] 消防業務は実に幅広いものですが、それぞれのポジションにおいて、日々真剣に業務に取り組み確たる意見をいえる職員が全国にいることに大きな感動を覚えました。

4] 言葉の一つ一つに様々な思いを込め五分間の原稿にまとめましたが、機会があればゆっくりと時間をかけて住民の方々に思いを伝え、意見を伺いながら今後の自主防災組織の参考にしたいと思います。

 

 

 

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