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それで常日頃から、人に対して何かやさしい行いをしたいと考えてはいたんですが、仕事に追われて、なかなかそんな機会も持てずにここまで来てしまった。そんな時に降ってわいたのが、この話でしょ。六三歳の定年まではあと六、七年。きっとこれが最初で最後のチャンスだろう、そう思ってチャレンジしてみることに決めたんです」

夫の突然の転身には、さぞかし奥様も驚いたことだろうが、「お父さんがやっていく自信があるのなら、頑張って」と、鈴木さんの決断を快く応援してくれたという。

 

年齢のハンディは大きい!?

 

こうして、ちょうど介護保険制度が始まった二〇〇〇年四月一日、鈴木さんは横須賀第一第二老人ホームに移った。若い女性の多い職場で、男性の、しかも五七歳の新人ケアワーカーは異色の存在。本人もさぞかしプレッシャーは大きかったことだろうが、「それは最初から覚悟の上。年は食っていてもこの世界では新人ですから、一から学ぶという姿勢を大切にしようと思いました」

上下関係の厳しい職人の世界で育ってきた人だからこその発言か。会社を退職後もなかなか役職気分が抜げず、地域活動で周囲と摩擦を起こしがちな? 中高年男性とはまさに対照的といえるほどの謙虚な心持ちである。

そして約一か月の研修を無事終えて、四月の末から現場へ。担当は、ショートステイ二○名と特別養護老人ホームの入所者一〇名を抱えるフロアだった。「何しろ研修は受けていても、食事介助も排泄介助も初めての経験ですから、そりゃあ緊張しましたよ。しかも、年を取っていると物覚えが悪いでしょ。大切なことはメモを取って、忘れないようにしたりもするんですが、それでもポカをしてしまうこともある。ですから、最初のうちは周りのみんなに支えてもらいながら、何とかやっているという状態でした。また、ケアワーカーの仕事は意外と事務作業も多い。カンファレンス(会議)をしたり、モニタリングをしたりしたことなどをパソコンに入力しなければならないんですが、何といっても、今まで包丁しか握ったことがない人間ですから、これには正直いって、参りました。慌ててパソコンを購入して、キーボードの練習から始めたくらいですから」

 

 

 

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