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東京から特急に乗って約一時間、神奈川県三浦半島の先端にほど近い京急久里浜駅に着いた。ここからさらにバスに乗って約一〇分、横須賀第一第二老人ホームは、目の前が海という自然環境に恵まれた立地条件の中に建っていた。

「ここでは特別養護老人ホームや盲養護老人ホーム、ショートステイなどの事業を行っているんですが、現在は、拘束をしない介護に取り組んでいるんですよ」

そんな説明をしながらホームの中を案内しつつも、途中、「お手洗いは大丈夫ですか?」「一服なさいますか?」などと、大きな体で細々と気を配ってくれる。さすがは、“ジェントルマン”とのあだ名が付いただけのことはある。鈴木さんは、まさに「気はやさしくて、力持ち」という形容詞がピッタリと当てはまる人だった。

 

安泰よりも、新たな道へのチャレンジ

 

給食センターや和風レストランを営む実家で修業を積んだのち、神奈川県社会福祉事業団に入り、以来二〇年にわたって、県下の「海風荘」という保養所で板前として包丁をふるってきた鈴木さん。何事もなければ、そのまま板前としてのサラリーマン人生を全うするはずだった。「ところがこんなご時世ですから、県の方針で、利用率の低い保養所を閉鎖することが決まりましてね。海風荘で働いていた従業員は、他の保養所に移って今の仕事を続けるか、職種転換をして、事業団が運営している老人ホームで業務、運転手、介護職などに就くかの選択を迫られたんです」

これまでの経歴から考えれば当然、他の保養所に移るのが妥当な選択だ。それなら、ベテラン板前としての地位も安泰である。ところが鈴木さんが選んだのは、まったくの未経験である介護職だった。

「私の通った中学・高校はミッションスクールだったんですが、その時に聖書の勉強を通して、人に対するやさしさを学びましてね。

 

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鈴木さんは板前歴20年のベテランだった。

 

 

 

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