でも、福祉用具というのはただ単に、右から左へと売ればいいというものではない。それで、統括マネジャーを任された堀江と私とでヘルパー研修を受けたり、介護フォーラムに参加して福祉の勉強をしたわけですが、その中で市民事業として、住民参加型の在宅福祉サービスができないかという構想を持つようになったんです」
石田さん自身、夫をがんで亡くし、子供もいないため、ゆくゆくは人のお世話を受けることになる。だから、元気なうちに自分にできる援助をしておきたいという気持ちがあったこと。また、堀江さんも年老いた母親を抱えていたことから、介護の問題は人ごとではなかったのだという。
ヘルパーの専門性を重視
会を立ち上げて以来、堀江さんは職業人との二足のワラジをはきながら代表を務め、石田さんは専従のコーディネーターとして事務局を一手に引き受ける形で、今日まで二人三脚で会を運営してきた。「活動を始めるに当たっては、まず、担い手づくりのためのヘルパー養成研修から開始しました。在宅介護というのは、それぞれ個人史を持って暮らしておられる家庭に入っていくわけですから、ただ“やってみたい”というだけで、すぐやれるほど簡単なものじゃない。どのような場合にどんな介護をするのか、深く高い技術や知識、情報の上に、理念や心の部分も持ち合わせた人を育てたいと考えたからです」