エッセイ 当世高齢事情 No.19
公証人 清水勇男
跡継ぎの問題
「ひょっとして、理容関係のお仕事をしておられる?」
「エッ! 私、床屋ですが、どうしてわかりましたか?」
「床屋さん独特の、香料の匂いがします。失礼ですが、あなたのようなご年配の方で、そういう香料の匂いを身に着けている人は、あまりおられません」
「参りました。先生は易者になれますよ」
「こんな程度ではダメです。お連れの方は息子さん?」
「ハイ、次男です」
「相続のお話ですか?」
「そうです。驚きましたなぁ。実は先生が書いた本(注・『遺言をのこしなさい』、本誌4月号の裏表紙で紹介されたもの)を、こいつが持って来て、おやじ、これ読んでくれっていうんです。この野郎、オレが死ぬのを待っていやがるんかと思っておもしろくなかったが、折角だから拾い読みしてみたんです。
その中に家業をきちんと継がせることが大事だというようなことが書いてあった。ああ、オレも鈍ったと思ったよ。いつまでも若い気でいたが、考えてみるともう72歳。立ち仕事もつらくなってきた。本当は長男に継がせる気でみっちり仕込んだんだが、オレには向かねえとか何とか言いやがってプィと出て行っちまった。それでサラリーマンをしていたこの次男に、因果を含めて会社を辞めさせ、店を手伝わせてきました。それからもう30年です」