当世高齢事情 NO.18
公証人 清水勇男
60歳の決断
その女性は、椅子に座るなり、近く娘夫婦と一緒に外国に行くことになった。その前に遺言をしておきたいと切り出しました。娘夫婦の外国行きに同行することと遺言がどう結びつくのだろうか。まあ、ゆっくり落ち着いて話してみてくださいと言ってニッコリ笑うと、あっ、そうでした、やぶから棒じゃわかりませんものね、と首をすくめた。
生い立ちから始まる長い話でしたが、まとめると次のようなものでした。
私は夫と死別し、残された娘と二人で暮らしていたが、その娘も昨年薬学部を卒業して薬剤師の資格を取り、同じ大学の医学部を卒業した医師と結婚して、今年女の子が生まれた。大学からの要請で、3年間、ある外国の診療機関に夫婦で勤務することになった。そこは政情が不安な上、交通に飛行機を利用する機会が多いことなどから、生命の危険といつも隣り合わせになる。娘夫婦は仕事に忙殺されるので、子供の面倒が見られない。そこで私に一緒に行って赤ん坊の世話をしてちょうだいとせがむ。もう私も60歳になるので、静かにのんびりと過ごしたい。外国で危険に遭うのは真っ平だ。しかし、ほかに頼める人が誰もいないと娘夫婦も困り果てているので、仕方がない、一緒に行って孫の面倒を見る決心をした。危険に遭うとしたら、おそらく家族同時で、とくに飛行磯事故の危険性が高い。そこで、もし私が娘一家と同時に死亡した場合には、自分が住んでいる土地と建物など私の財産は、私の弟に全部残したい。そういう遺言を作ってもらいたい。