図2.1.1は、NOAAの衛星データを使って陸奥湾を含む津軽海峡の水温分布を調べたものです。1997年6月11日の水温状況を見ると、津軽暖流に由来する温かい水と、太平洋側の親潮由来の冷たい水がぶつかり合っていることがわかります。2日後の6月13日の水温分布と比較すると、太平洋側の冷たい水が津軽海峡の北側を浸入し、同時に湾内の水温構造も変化していることがわかります。この期間、低気圧が北日本を通過していました。通常、平均水位は日本海の方が太平洋に比べて高いため、津軽海峡では日本海から太平洋に向けて水は流れます。しかし、低気圧や台風の通過等によって太平洋の水面が上昇すると、太平洋側の水が津軽海峡に逆流してくるのです。
太平洋側の水が湾口部にまで達し湾内に流入したという観測データは今のところ見あたりません。ただし、それは表面の話で、水中でどうなっているかは、衛星データからだけではわかりません。
太平洋の水が湾内へ流入する可能性は低いのですが、陸奥湾の水交換に気圧や風など、気象因子が大きく関わっていることが最近わかってきました。例えば、低気圧が通過したときには、湾口部でときどき突発的な大きな流動が発生していました。このような流れが陸奥湾の水交換に大きく作用していると考えられます。
◆ 陸奥湾の流れと水産
流れに関わる水産的な問題を考えてみましょう。
まず、外海水、つまり津軽暖流水が入ってきますと、当然ながら水温が上昇し、また毒性プランクトンの侵入の可能性も出てきます。その結果、貝毒が発生することにもなります。
また、夏場になると強い日射によって水面が暖められ、上層が高温、下層が低温になって水が層を成すため、上下の水交換が極めて悪くなります。そうすると、下層に酸素が供給されなくなり、下層で酸欠状態が生じます。その水魂が移動して行くと、魚介類に当然ながら大きな影響を与えることになります。それが「貧酸素水魂の出現と移流」による漁業被害です。
それから、「過密養殖によるホタテ貝の成長不良」の問題。夏場の観測結果を見ると、ホタテの餌となる植物性プランクトン量が極めて少ないことがわかります。逆に少ないために水が非常にきれいであるとも言えます。これも他の閉鎖性内湾と異なる陸奥湾の特徴です。プランクトン量に相当するクロロフィル濃度は、大阪湾では数十の値を示すのに対し、陸奥湾では1〜2、大きくても5程度の値です。供給されるプランクトン量に比べてホタテの量が多ければ餌が不足し、成長速度も鈍ると考えられます。
また、湾内で漁具が流されてしまったという話を聞いたことがあります。局所的に速い流れが起きたらしいのです。その原因はまだはっきりしていませんが、先程述べたように、風や気圧、そして潮流が複合的に作用し、特異な速い流れ(急潮現象)が生じたのだろうと思われます。どうやら陸奥湾ではこのような突発的な水の出入りが起こっているようだというのが、私たちの観測とシミュレーションで得られている結果の1つです。