基調講演1] 「陸奥湾の水環境について」
西田修三(大阪大学大学院 工学研究科 助教授)
3年前まで、八戸工業大学におりました関係で、陸奥湾の調査研究を始めて7〜8年になります。大阪に移った今でも陸奥湾の研究を続け、毎年現地観測に来ています。後に発表される小坂さんの所属する水産増殖センターにも、データの提供など、ご協力いただいています。
今日は、陸奥湾の水質と流れがどのようになっているのか、陸奥湾の水がどのように交換されているのかという話をしたいと思います。
物質は流れによって運ばれます。ホタテが餌にするプランクトンにしても、それはどんな流れに乗って移動していくのか、どこから来るものなのか、ということが非常に重要になってきます。つまり、水質そして生物環境を決定する基本は、物理的な流動であろうと考えています。その陸奥湾を取り巻く流れと水環境について、今日はお話しします。
<以下、プロジェクター併用>
◆ 陸奥湾の水質と流れ
陸奥湾の水環境(水質)は何によって決定されるのかといいますと、津軽海峡の流れが大きな影響を及ぼしていることが最近わかってきました。
陸奥湾は、東西方向50km、南北方向約50kmという広い水域を持っていますが、湾口部が約10kmと狭く、非常に閉鎖性の強い内湾です。私たちが観測しております大阪湾ですと、明石海峡から入ってきた水は、紀淡海峡を抜けて太平洋に流れて行くという流れの抜け道があります。水質はとても悪いのですが、流れについては抜け道があります。しかし、陸奥湾は抜け道がありません。ですから、湾口部でどれだけ水が交換できるかが、湾内の水質を決定する大きな要素になります。
陸奥湾の水は、閉鎖性内湾としては驚くほどきれいです。しかし、海底はアンカーが利かないほど軟質底泥化(ヘドロ化)し、底層はかなり汚れていると言えます。
陸域からの汚濁物質の流入と言う観点から見ると、他の閉鎖性の湾、例えば東京湾や大阪湾などとは異なり、一級河川をもたず1か所からの大量の流入がないというのが特徴として挙げられます。陸奥湾では、50を超える中小の川から河川水が沿岸域全体に供給され、その総量も少ないのです。
また、北国に位置する陸奥湾の特徴として、冬期には、水が雪の形で流域に蓄えられ、湾への水の供給量が少なくなり、湾内水の塩分濃度が上がります。一方、春先には雪どけ水の流入により塩分濃度が少し下がります。このように塩分濃度に関して、北国特有の水質特性があると言えます。
水質の現状は非常にきれいな状況で、COD(化学的酸素要求量)も、基準値を下回り、かなり良好な水質です。また、東京湾や大阪湾における水質悪化の特徴である赤潮などの水質被害も、陸奥湾ではあまり起こっていません。これだけ閉鎖性が強いにもかかわらず水質が極めて良好なのが、陸奥湾の特徴とも言えます。
ただ、陸奥湾は閉鎖性が強いために、一度汚れてしまうとなかなか復元しません。例えば、高度経済成長期に大阪湾は多量の汚濁負荷の流入により水質がとても悪化してしまいました。その後、水質改善に向けて流入負荷の総量規制を実施しましたが、未だに改善されていません。それは、海底の泥に汚濁物質が蓄積されたためで、それが徐々に溶出するためになかなか水がきれいにならないのです。つまり、一度汚してしまうと、陸域から流入する汚濁物質を抑えたとしても、水質はなかなか改善されないのです。