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学者にはそれは出来ない。たとえば、現在でも"談合"というのがあり、正当な努力をしないで不当な利益をあげようとする。つい、欲望の誘惑に負けてしまう。そういう悪徳商人が過去も現在もあとをたたない。

しかし梅岩は、"利を求めるに道あり"と説き、人の道を歩みはずさないで利を求めるべきだと説いた。梅岩は同時に、"財を散ずるにも道あり"と考えたはずである。彼は、限られた収入の中から乏しい人に与え、自らは質素な生活をして、それで満足していた。企業人が梅岩のこの教えに従っておれば、"経済人が富をつくってくれるので、皆が豊かにくらせるのだ"と尊敬されたはずである。

西洋で産業革命がおきた時、当時の企業人には、キリスト教のバックボーンがあり、キリスト教の厳しい倫理観に裏打ちされていたため、初期の資本主義は正常に機能した。日本でも、梅岩の教えが明治の資本主義勃興期にはまだ残っていたはずだが、明治政府が国の近代化を急速にはかったため、宗教・道徳も含め、心の問題を迷信として否定してしまった。当然、物質文明が著しい発展をしていく一方で、心の問題が崩壊していった。そこで、21世紀に入る今、あらためて石門心学が見直され、社会もそういったものを求める時代になったのではないか」と述べた。

上田氏は、「心学の衰退には、講舎間の派閥争いも関係があった。また、大勢として日本の近代化の歪みが、宗教、道徳、倫理は封建的な教えだとして、政府自らが心学を押えていった。修身の教科書には、梅岩のことが昭和八年までは絵入りで出てくるが、九年以降は教科書から消えていった」と述べた。

ついで、戦後五十年間の日本の教育について話題は展開した。

稲盛氏は、「日本では、明治維新から第二次大戦の終戦までの間、時の政府が、倫理、道徳、宗教を自分の都合のよいように利用した。その反動が戦後出て、それまでの倫理、道徳、宗教が全面的に否定された。そのため、"人の人たる道"ということを誰にもおそわらないで大人になり、社会人になっていく。これが戦後教育のいちばんの問題点だ。今からでも、宗教や道徳について、教育の初期の段階で教えるべきだ」と述べた。これについて小谷氏は、「宗教に対する正しい理解が少なさすぎると強く感じる」と述べた。

上田氏は最後に、これらを総括して、「戦後の教育には、心の教育、宗教心、モラル、倫理といったものがぬけていた。昭和二十二年三月(一九四七)に制定された教育基本法の第九条一項には、宗教的情操がいかに大事かということが明記してある。また、宗教に関することを教えてはならないとはどこにも書いてない。これは、戦後の民主主義教育の出発当初から反省すべき点であったと痛感する。そこで今、心の問題が大きな社会問題になっている。そして本日、ベラー先生が講演の中で、<心学の中に、21世紀に学ぶべきいくつかのインスピレーションがこめられている>とおっしゃったことには大きな示唆があり、大事なことである」としめくくった。

おわりに、谷口義久石田梅岩先生顕彰会会長と、小山止敬(社)心学参前舎舎主が謝辞及び閉会の言葉をのべて、この日のシンポジウムは、五時過ぎに閉会した。(文責在記者)

 

 

 

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