高貴の御方の御手跡を、手本にして習ふは、下民においては恐れ憚るべき事なりと、おほせられける。
御制札の前は笠をぬぎ、腰を折りて通りたまふ。是は公(オオヤケ)の命を重んじまたひてなり。笠をぬぎたまふ事は、一町も前より脱ぎたまへり。是は人の目に立たざるやうにとなり。
御触状(オンフレジョウ)を拝見したまふ時は、篤く敬(ツツ)しみたまへり。伊勢参宮の人を迎ひに行きたまふ時は、沐浴して出でたまへり。神を拝する心にて迎へたふまとなり。自ら参宮したまふ時は、旅宿にて毎夜沐浴したまへり。
先生故郷へ行きたまふには、かならず宅にて沐浴し出でたまふ。道の程七里ばかりの所なるが、故郷の宅に着したまふまでは、二便を便じたまはず。是は身を汚さじとなり。扨故郷に至りては、先づ氏神へ参詣し、次に父母の墓へ参りて後、宅に着したまへり。
門人より備ふる鏡餅を、悉く神に献じて、のちにつかひたまへり。
酒を買ひたまふときは、少し竈へそそぎ、献じてのちにつかひたまふ。
衣服ごしにも、足に手をふれたまふことあれば、即ち立ちて手水(チョウズ )したまへり。
人より手紙来れば戴き、その後ひらき見たまへり。実に其人に対したまふが如し。
旧き弟子といへども、学問に志おこたれば、かたく祝儀物を、受けたまはざりしなり。
人を頼みて物を買ひたまふに、値をとらざる人あれば、少しの物といへども用ひずして返したまヘり。音物(インモツ)をうけ、ためを入れたまふに、上半紙を用ひたまふ。是は手習の清書紙(キョウガキガミ)にもなり、無益についえざるようにとなり。
人へつかはし給ふ包銀(ツツミガネ)には、のしを付け、包銭(ツツミゼニ)は水引(ミズヒキ)をかけて、のしを付けたまへり。
小便に行きたまふ度毎に、袴羽織を脱ぎて行きたまへり。大小便に行きたまふには、先ず小便所にて小便を便じて後、大便所に行きたまふ。是大小便混ずれば運送の勝手悪しく、農家に嫌ふこと故、かく心づかひしたまへり。