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其時はそのまま座をたちたまひ、掃除などし、ねむりさめぬればさうぢをさし置き、又机によりて書を見たまふ。夏の短夜にも門人帰りし後、書を見たまへば、子の刻よりまへに寝ねたまふことなし。冬の夜は大かた丑(ウシ)の刻まで、書を見たまへり。

先生衣服、夏の常着は布、晴着は奈良晒布(ザラシ)。冬の常着は木綿、晴着は紬(ツムギ)を着したまふ。飯は上白米にして、粥の類を食したまふ事多し。日に一度はきはめて味噌汁を調(トトノ)へ、麁(ソ)なる一菜を調へて食したまへり。

茶は麁ならざるを平生(ヘイゼイ)用ひたまふ。折々煎じがらを、ひたし物に食したまへり。

米をあらひたまふには、一番二番のあらひ水を、外の器に溜めてゐさせ置きて、鼠の食物にあたへ、釜に残りし飯粒は、湯にしてのみ、少しにても釜につきしは、よく洗ひゐさせ置きて、雀鼠などの食にあたへたまふ。汁・鍋汁・椀の類、汁尽きて後、茶を汲入れ、あらひて飲みたまへり。

菜の葉の類は、腐りたる葉は捨て、枯葉は捨てずして用ひたまふ。

稀に魚類を買ひたまふ。その品はこあいざこ、或ははかり鯨、海老(エビ)ざこの類なり。

たばこをつぎたまふに、きせるの火皿より、少しも出づることなし。

薪は細(コマ)かに割りて、焼付(タキツケ)やすきやうになし置きたまふ。木屑は五分一寸の木にても、庭におちたるはあらひて竈へ入置きたまへり。付木(ツケギ)の広きは二つにさきて用ひつかひさしたるはたくわへ置き燈をつすに用ひ、両三度の用にたてたまふ。火入れの火は、二分三分の火にても、炭けし壼へ入置きて用ひたまへり。

灸治、あるひは小便所の燈(トモシビ)、かたく分れを正したまふ。若(モシ)其類の火を付木にてともしたまふときは、其残る付木をあらひて、竈へ入れ置きたまへり。水清ければ心も清しとなり。

釣瓶(ツルベ)の古縄(なわ)は、干(ホシ)置きて焼(タキ)物とし、其灰を火入・火鉢に入れて、火をいけたまへり。是よく火を持つゆゑとなり。

 

 

 

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