今日で既に5回、各先生方とご一緒に勉強や討論をさせて頂き、やはり私自身も、先ほど森本先生がおっしゃられた、海岸民族という域を日本は脱して、海洋民族としてステップアップすべきであり、その意味では21世紀を迎えて正念場の時に来ていることを痛感させて頂きました。ただそうしますと、海洋国家として外へ向かって日本が戦略して行くことになり、この場合、昨今のグローバリズムにどう対処するのか、グローバライゼーションというおおきなうねりにいかにして適応して行くかという問題に、日本は直面します。この問題を解決するためには、当然ながら、余程確固たるアイデンティティですとかコア・コンピタンスというものがございませんと、グローバライゼーションの中に呑み込まれ、埋没して、やがて滅亡の一途を辿ることになりかねません。かと言って、単なる物理的な海だけでなく、情報の海、つまりサイバー空間というのは、望むと望まざるとにかかわらず、既に我々現代人を丸ごと飲み込みつつあるわけで、いずれにしてもこの大海原に日本は勇気を持って漕ぎ出さねばならない。今や私たち日本人も、日本のアイデンティティやコア・コンピタンスをしっかり見定めて、それを核としてのビジョンや戦略を描かなければならない時期に来ていることを、あわせてこの勉強会で学ばせて頂きました。
では、この日本にそういうものが本当に存在するのかと考えた場合、この点については石井先生から大きなご示唆を受けました。日本のアイデンティティと言いましょうか、日本らしさ、そして強みと言える何かとは、「“揺らぎ”というものを制御する力」、いや制御と言うよりむしろ許容すると申しましょうか、吸収してしまうシステムではないかと。この稀有なシステムは、やはり日本が地政学的に、また歴史的に、非常に特異な諸条件を持ち合わせていたことによって体得されたものと言えましょう。これまでの歴史を振り返りましても、果たして日本は西洋なのか、東洋なのか、なんとも割り切れない。また変化をあまり好まない民族性を持っているのかと思えば、江戸の鎖国から一気に文明開化で鹿鳴館といったように、服装もしきたりも根こそぎ自分達たちで西洋化してしまう。そうかと思うと、軍事色が強まればまたもや国粋主義一色となり、それが敗戦で一夜にしてアメリカ的民主主義国家に変貌して、ずっと以前から欧米の一員のような顔ができるのですから、そういう意味では非常に大きなふり幅を、いとも易々と乗り越えて、それでも日本なる国家は確固たる繁栄をこれまで保ってきている。これはやはり、“揺らぎ”を吸収するシステムが備わった日本ならではの芸当だと思うのです。ですからそういう素養があったからこそ、わが国からiモードも生まれたのだなあと、石井先生のお話を伺っていて思った次第です。