私は問題提起のために、日本人は、日本は西欧化してしまった、あるいは戦後アメリカ化してしまったと言っているけれども、ほかから見るとそうではないのですよということで、そういう限りでは西欧化と近代化は必ずしも同じでないという点を強調させていただきましたが、では具体的に何が違うのかということになると、なかなか説明が難しい。先ほど申しましたように明らかに表面的には同じに見えても、そのやり方なり、それをガイドしているガイディングスピリットみたいなものが違うということであります。
繰り返しになりますが、私が強調したいのは、アジアとか中近東の国は、日本は西欧とは違うという印象を非常に強く持っているということを申し上げたいと思います。
伊藤理事長の言っているアジア的価値ですけれども、リー・クアンユーあたりが何を言ったかというと、西欧の民主主義は個人からいきなり国になるけれども、アジアにはその間にファミリー、家族というのが入る。これこそがアジア的な価値であって、西欧的な個人主義というのはアジアにはなじまないということでした。
おもしろいことに、かつてこれに対して金大中が反論いたしまして、アジアだって、やはり個人主義というのは非常に重要である。ほんとうの民主化のためにはアジアでもちゃんとした個人主義を確立すべきである。そうして初めてアジアの国も民主化が実現されるというのを金大中が、まだ在野のころですが反論しています。
アジア的価値というのは、ファミリーを中心とする個に対してグループに対する忠誠心あるいは家族的なきずなであるということで、アジアの経済が世銀から「東アジアの奇跡」と言われるような発展を遂げていたときには、まさにアジア的価値があるから発展していたと言われて、アジア的価値の株が非常に上がったわけですけれども、今回の経済危機ではアジア的価値の株が下落して、やはりアジアといえども、欧米的なマーケットエコノミーの原則に立たないと経済がうまくいかないのではないかというような反省が行われております。
いずれにしても、アジア的価値という場合には、個人が社会の中心だというのに対して、その間に家族といったグループがあって、これが社会のいろいろな摩擦を緩和しているし、クッションの役割も果たして、とげとげしい個人主義を中和しているということをリー・クアンユーなどは言っていたと思います。