歴史上、海洋国家は、それぞれの時代の海洋世界のパラダイムとの調和と関わりの中で、繁栄を得てきたのだと思います。現在は、今、遠藤先生からもお話がありましたけれども、海洋もグローバル化の時代を迎え、それから、国連海洋法条約の発効があって、「管理の海洋世界」が開けつつあります。これからは、そのような「管理の海洋世界」との海洋国家の関わりの在り方が、海洋国家の発展の方向性を決めることになると思います。失敗か、あるいは繁栄か、というものも、その方向性の先に見えてくるのではないでしょうか。そのようなことを考えております。
伊藤憲一(進行司会者) どうもありがとうございました。
それでは、畑さん、お願いします。
畑恵 今日は、森本先生に示唆に富む壮大な歴史絵巻をお聞かせ頂き、とても勉強になりました。ありがとうございました。
只今のお話の中で最も考えさせられましたのは、「日本人は山彦ではなくて、もっと海彦にならなくてはいけない」という先生の言葉でした。これはまったくの私見でありますが、常々私は、この日本という国そして日本人のDNAの中には、「海彦と山彦が混在している」と認識しております。もともとの国の成り立ちが、北方やはるか西方の大陸から、あるいは(朝鮮)半島から、あるいは東南アジアの島々や更には遠くポリネシア・メラネシアから海を渡って、様々な血が混淆して、日本人なる人種ができ上がったわけでしょうから当然のことかもしれませんが、実にアンビバレントな側面を内在しながら、決して引き裂かれるわけでもなく、かと言って対立する要素がアウフヘーベンするわけでもなく、なんとなくいい塩梅におさまると言うか、辻棲を合わせてしまう。
その傾向が最も顕著にあらわれているのが「日本国憲法」です。国の根幹をなすべき法典、いわばアイデンティティであるにもかかわらず、第9条をはじめとして現実との乖離は、はなはだしく矛盾に満ちている。
でも、戦後50余年さして不都合を感じてこなかったのは何故かと言えば、すべて「拡大解釈」という辻棲合わせで凌いできてしまった。恐ろしいまでの柔軟性というか、節操の無さです。ただ食生活を見ましても和洋中エスニックなんでもありますし、宗教的にも仏壇に手を合わせたかと思えば、教会で結婚式を挙げて、神社へお宮参りに行く。
南北に長く、かつ海を渡ってあらゆる人やモノや情報が流れついた島国ならではのこの「受容力」、なんでも受け入れて自分のものにしてしまう力こそが、日本の本質であると思いますし、ましてや世界へ開かれた海洋国家を目指すならば、なおさらこの変幻自在な力を活かさねばならないと思うのです。