というのも、ヨーロッパ人の乗ってきた船が、あまりにも小さくて貧相だったからなんです。それまで鄭和の船のような大型船を見慣れていた人々には、まるでボートのようしか思えなかった、というわけです。よくまあ、こんな木の葉のような船でやってきたものだ、ということでしょう。
しかし、このヨーロッパのインド洋進出をきっかけに、それまで長年にわたって利用されてきたアジア−アラビア−アフリカを結ぶ交易網はずたずたに破壊されてしまいました。ヨーロッパ人の銃によって、です。こうして、交易の利権はヨーロッパに奪われ、ヨーロッパ中心の東方貿易の時代がやってきます。
鄭和の遠征はすでに終わっていまし々が、こちらは中国の国内事情からでした。一言でいえば、金がかかりすぎる、ということです。大型船の建造は禁止され、中国は海洋帝国としての可能性を放棄することになった。そして、ここから、中国は完全に「陸」の国家となってしまいました。
このように見てきますと、「海」を制したものが世界を制する、という図式が、いずれにも当てはまるように思います。
では、いったい「海の民」とはどういう民族だったのか。
最初に申し上げたように、まず、フェニキア人ですね。それにギリシア人。北欧のバイキングもそうです。そして、アラビア人。アラビア人というと、砂漠の民というイメージが強いのですが、彼らは海洋術にも長けておりました。さきほどお話ししたインド洋貿易でも活躍しましたし、『アラビアンナイト』には「シンドバッドの冒険」という物語があることを思い出していただければ、うなずいていただけるでしょう。それから、インド人。彼らも中継貿易で広く活動しました。
スペイン、ポルトガルがその後に続きます。やがてオランダ、それに変わってイギリスが七つの海を支配して世界帝国にのし上がっていく。イギリスのあとには、アメリカです。
アメリカを海洋国家などというと奇妙に感じられるかもしれません。西部開拓に象徴される「陸」の民のイメージが強いかもしれませんが、そもそもの始まりが大西洋を渡って「新大陸」にやってきたということ自体、海洋民族の素質を発揮している、と私には思えるのです。アメリカというのは、長い海岸線を持った大きな島だ、といってもいいのではないか。そして、アメリカを最もシンボライズしているのは、メルヴィルの『白鯨』ではなかろうか、と思います。