『つくる』には、『創る』、『造る』、『作る』などの漢字があり、それぞれニュアンスが異なる。それと同じように『港をつくる』といった場合にも、色々なニュアンス、意味合いというのがあるはずである。
まず、一番に思いつくのは土木技術者として防波堤や岸壁なとの港湾施設を整備するという意味合いでのハードの『港つくり』である。50年の耐用年数を期待する施設の整備に携わることは、正に仕事の成果が末代まで残るという意味で醍醐味のある仕事である。私自身、いくつかの施設の設計や施工に関わり、それぞれの施設に、思い出とともに自らの工夫の痕跡を残してきた。
それは、ちょっとした構造物のカーブなど大抵はたわいないものであり、関わった人間だけが悦に入る類のものが多い。人様が何と言おうが、『あれは自分がやった』という自己満足の味わいである。そして、一つの施設の整備でも構想から計画、事業化、調査設計、施工までの各段階で様々な立場の人間が関わる。その全ての人々が、それぞれの立場で最大限努力することが、よき施設整備という結果とともに全ての人々に自己満足という果実を生む。
建築では著名な建築家の名前が残るが、土木施設は無名碑である。無名碑だけに、全ての関係者がその施設を自らの碑とすれば良いと私は考えている。
ハードの施設整備の後には、その施設が利用され、本来の目的を達成することが必要である。各種あるインフラの中で、港湾ほど整備後の利用拡大に腐心しなければならないものはない。この地域経済の維持・拡大に直結する港湾利用の維持・拡大が、ソフトの『港つくり』である。このため、港湾のサービスに関わる官民の関係者が力を合わせて港湾サービスの総体を高めながら、航路、貨物、企業を港湾に誘致する。多くの関係者との連携と、更に多くの人々との関わりの中で『港つくり』が進められる。その結果、『港つくり』に携わると実に様々な経験や知己を得ることが出来る。例えば、大手通販が立地するある港湾に携わった時には、主たる港湾貨物である女性の下着が、とこで素材が生産され、どこで縫製されるかといったことまで勉強した。
多くの人々と出会い、協力して、共同作業の成果を関係者全員で分かち合うこと、『港をつくる喜び』は『皆とつくる喜び』なのである。