心に残る一冊
作家曽野綾子さんは、現在日本財団の会長をつとめられ、その職務の一環として日本国内のみならず、広く海外への援助活動にも精力的な日々を送られています。
熱心なカトリック信者という立場だけでなく、ご自身が失明の危機に直面されたという経験もあいまって、以前から様々なボランティア活動に忙しい時間をさかれてきましたが、親交の深い坂谷豊光神父(大分県湯布院の修道院「由布研修の家」勤務)と共に、「聖地巡礼の旅」と名付けられた、当時としてはあまり例のなかった目の不自由な方を中心とした障害者のための外国旅行を企画、実施するという活動に深い関わりをもたれました。
14年、14回にわたる「巡礼の旅」に参加された障害者の方々、陰でささえて下さった多くのボランティアの方々とのふれあいの中から得た貴重な体験を、形としてとどめておきたいとの思いから、坂谷神父との間に交わされた往復書簡集としてまとめられたものが「湯布院の月」です。
毎年、2週間の「旅」の中でおこる様々なアクシデント、エピソードの数々…我が身におきかえれば、はたして耐えていけることが出来るであろうかという困難な状況下におかれた障害者やその家族の方々が、それを克服されてきた過程、或いはこの「旅」を通じて生きる勇気を見出される姿、またこの「旅」にボランティアとして参加された方々の「何の約束も義務もないのに過不足なく差しのべられる」一本一本の手にこめられた様々な思いがお二人の自然で暖かい視線を通じて綴られています。
光を失い、四肢の自由を奪われるという困難の中にあってなお、“全てを受け入れ、許し”“全てに感謝する”日々を生きようとされる姿に、畏敬の念を持って読む者の心に静かに、深く響くものがある作品です。
余談ながら、読後、新聞紙上で先頃日本財団の15年にわたる失明予防・低コストの白内障手術推進プロジェクト支援が評価され、曽野さんが国際的なヘレン・ケラー・スピリッツ賞を受賞されたというニュースを目にしました。曽野さん自身はもちろんのこと、坂谷神父やこの「聖地巡礼の旅」に携わった多くの方々にとっても大きな励ましとなり、今後の活動の発展につながることを念じています。
(財)九州海運振興センター
事務職員
西井美登利