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2)地場産業の現状と課題

(1)里山の地域産業

狭山丘陵周辺では、地域の自然や歴史、文化と深くかかわりあったさまざまな産業が営まれてきた。一部を除けば、そのほとんどが細々と継承されているに過ぎない現況である。

地域全体では、茶の生産が代表的な地場産業であり「狭山茶」としてよく知られている。また、かつては養蚕がさかんに行なわれて農村経済の一翼を担っていた時代があった。紡織関係では木綿や絣、銘仙などが各地で生産されたが、現在はわずかに大島紬が織られている程度である。

このほか、だるまの生産、笊や籠等を編む竹細工、御酒口作り、人形作り等が地域特有の産業として伝えられていたが、里山をめぐる暮らしや経済のしくみが大きく変化するなかで、技術の伝承さえも危ぶまれる状況となっている。

ここでは、「養蚕」、「狭山茶」、「村山大島紬」、「東京だるま」の四つをとりあげ、それぞれの現状と今後の課題について整理したい。

(2)養蚕

1] 現状

養蚕は、短期間で現金収入が得られるため、農家の主要な換金産業として昔からさかんに行われ、諸外国との貿易が始まってからは、生糸、絹織物が輸出額の大半を占める国の重要な産業となった。暮らしにおいても養蚕づくりの家屋や繭玉の行事、おしら講など「カイコ」に関連する行事や信仰は多い。しかし、昭和40年代に入ると、外国から安い生糸が輸入され、さらに化学繊維の普及に伴い生糸の価格が急落した。

 

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写真II-1 繭の集荷(所沢市)

 

高度経済成長の影響による都市化の波が狭山丘陵周辺にも及ぶようになると、農地は大幅に減少し、生活様式の変化によって需要が見込めなくると養蚕をする農家は減少していった。昭和30年代には934戸あった所沢市の養蚕農家も、現在では20戸ほどとなり、ほとんどが60歳代から80歳代の老夫婦によって営まれている(図II-2-4)。

 

 

 

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