ここで、一つ指摘すべきことは、仮に地方自治法上、協定違反を根拠とした是正の要求を行うことができないと解釈されるとしても、そのことのみを理由として、地方公共団体が協定に違反しても構わないという結論には至らないことである。
なぜなら、政府調達協定の場合、国が協定を締結した時点において、国は都道府県・指定都市の協定遵守の結果について義務を負っているため、仮に国が地方公共団体の協定違反を根拠とした是正要求ができないのであれば、上述のとおり特例政令を改正し、国内法令違反として是正要求を行い遵守を確保することとなるため、最終的に、地方公共団体が協定(直接的には特例政令)を遵守するという結論は変わらないばかりか、むしろ地方公共団体にとっては、財務規則への委任事項が特例政令規定事項となることが、場合によっては調達手続の柔軟性を減少させるのみならず、規則制定権という自治権の制約という結果につながることもありうるからである。
このような意味においては、国が地方公共団体の行為について、協定遵守の義務を負った時点で、手段はともかくとして、最終的に地方公共団体が協定上の義務を遵守することになるという結論は変わらないが、逆に、このことは、国は地方公共団体が遵守することができない義務を国際協定という形式により、対外的に約束してはならないということをも意味する。
(5) 今後の検討課題
本調査研究においては、現時点において地方公共団体と最も関わりの深い協定である政府調達協定を中心として、地方公共団体における協定遵守の問題について議論してきた。
この問題へのアプローチの方法として、上記の方法により検討を行ったが、いずれの方法についても、今後さらに議論を進めていく余地があると思われる。また、それ以外の方法として、違憲審査の対象に条約が含まれるか、あるいは憲法が保障する地方自治との関係から地方公共団体に対してどこまで条約を遵守させることができるのか等、憲法における議論からアプローチする方法もあり、さらに政府調達協定に関しては、特例政令第1条において協定が条文中に引用されているため、その解釈からアプローチする方法も残されている(3)。
また、本調査研究が中心的に扱った政府調達協定においては、国が都道府県・指定都市の行為について協定遵守の義務を負っているため、同協定が地方自治法第245条の5第1項の「法令」に協定が含まれるかどうかという議論は、地方公共団体にとっての最終的な結論は変わらないものであった。
しかし、WTO協定の中でも、スタンダード協定とサービス協定は、地方公共団体について、いわゆる二次義務が規定されており、加盟国は自国の地方政府による協定遵守を確保するため、「利用しうる妥当な措置をとる」(take such reasonable measures as may be available)とされている(注4)。
これは、加盟国が国内法の範囲内で利用しうる手段によって、地方政府の協定遵守を確保すればよく、国内法上の手段がない場合には、当該加盟国は協定違反とはならないという趣旨であるとされる。
これをわが国に当てはめると、地方自治法上、是正の要求ができる場合には、それをしなければならないが、地方自治法上、是正の要求ができず、助言・勧告しかできない場合には、助言・勧告を行うことによって、わが国としての協定遵守義務を果たしたこととなると解される。
つまり、このような二次義務の場合、地方自治法第245条の5第1項の「法令」に協定が含まれるかどうかにより、最終的に、国として地方公共団体に対して行う関与の度合いが異なるため、この問題は非常に大きな意味を持つ。
さらに、今後新たな国際協定の締結交渉を行っていく際、わが国として、地方公共団体に対し、どこまで国際協定の遵守を求めることができるのかを把握しておくことは、交渉の行方を誤らせないためにも非常に重要なことである。逆に、地方公共団体からすれば、国際協定をどこまで遵守しなければならないのか明確にすることは、いわれなき義務を負うことを避けるためにも大きな意義を持つことである。
したがって、この問題は今後とも検討すべき重要な課題であるといえよう。
注)
(1) わが国において、国際協定に関し国と調整を行う組織としては、平成11年12月に全国知事会・全国市長会・全国町村会が国際協定地方関係団体連絡会を発足させたところであり、今後、同連絡会が国との連絡調整機能を果たすことが期待される。
(2) 第2章25頁〜26頁及び27頁注(7)を参照。
(3) 第8章において、欧州裁判所は、共同体法がGATTの特定の条文に明確に言及している場合等には、EC機関の行為の適法性をGATTの観点から審査することができるとしている(88頁参照)。
(4) スタンダード協定第3条第1項、サービス協定第1条第3項。