しかし判決は、GATTの特徴から、個人が、共同体の行為の適法性を争うためにGATTを援用することはできないと裁判所が既に判断したことから、裁判所は、無効訴訟においても、規則の適法性審査のためにGATT規定を考慮することができないとして(para. 109)、締約国の国内法制度において、直接適用される国際法であるとみなす義務は、GATTの精神、一般的枠組み、文言に適合しないと判示した(para.110)。本件は、加盟国が提起した訴訟であり、さらに、GATTのパネルで既にGATT違反との判断が示されていたことに留意しなければならない。
この判決には、批判が集中した。その理由は、直接効果は加盟国裁判所における個人の権利に関係する問題であり、欧州裁判所における加盟国の問題ではないからである(15)。同事件の法務官も、直接効果が生じないからと言って、直ちにその規定が無効訴訟において援用されないという結論は導けないと、両者が異なることを認めていたのである([1994] ECRI-4973, at I-5022-23, para. 135)。但し、裁判所を支持する見解も存在する(16)。
(イ) GATTの援用が認められる例外的場合
もっとも1980年代末以降の判例は、一定の揚合には、GATTに照らしてEC機関の行為を審査できることを例外的に認めている。
このことを最初に認めたのは、1989年のFediol v. Commission事件判決である(Case 70/87, [1989] ECR 1781)。同事件において裁判所は、理事会規則2641/84号に関して、私人がGATTを援用してその適法性を争うことを認めた。判決は、GATT規定が、個人に国内裁判所で援用できる権利を付与しないという直接効果を否定する判例は、市民が欧州裁判所において、本件で問題となった行為が、同規則に言う違法な通商慣行であるか否かを判断するために、GATT規定を援用できないことを意味しないと述べている(Id. at 1831, para. 19)。
さらに、1991年のNakajima v. Council事件判決も、理事会規則のダンピングコード適合性について判断した(Case C-69/89, [1991] ECR I-2069)。
両判決には、特別な状況がある。前述の1994年のGermany v. Council事件判決は、その特殊性を指摘している(Case C-280/93, [1994]ECR I-4973)。すなわち、ECがGATTによる特定の義務の実施を意図したか、共同体法がGATTの特定の条文に明確に言及している場合には、裁判所は共同体行為の適法性をGATTの観点から審査することができる(para.111)。両判決は、そのような事案だったのである。
これらの判決から、最近の欧州裁判所は、GATT規定の援用により積極的となってきているとも評価されている(17)。但し、GATT規定に照らしてEC機関の行為を審査することは、直接効果と同じではないことは、前述の通りである(18)。そのため、それらの判決は、GATTの直接効果を否定したそれ以前の判例を変更するものではなく、共同体措置のGATT適合的な解釈を行った事案であると位置付けられる(19)。
(2) WTO協定に対する判例の態度
ア GATTよりWTOへの変化の意義
以上のようなGATTについての欧州裁判所の態度が、WTO創設後も維持されるべきであるか否かについては、多くの議論がある。1995年に創設されたWTOは、従来のGATTを引き継ぎながら、小委員会を中心とした紛争解決制度を整備・強化し、GATTより「司法化」されたと一般に評価されている(20)。そのため、GATTと異なり、WTO協定については、裁判所は従来の解釈を維持できないのではないかという疑問があったからである(21)。また、GATT時代と異なり、ECがWTOの正式な構成員となったことも状況の変化として認識する余地があった(22)。
しかし理事会は、WTO協定をEC措置として採択するに当たり、前文でこれらの協定の直接効果を否定していたことにも注意しなければならない(理事会決定94/800/EC)(23)。
以下には、WTO創設後の欧州裁判所の態度を検討する。
イ WTO協定の直接効果
欧州裁判所は、未だWTO協定の直接効果について、明確には判断していない。
例えば、原告が、国内裁判所において直接効果を主張した事件としては、1997年のAffish v. Rijksdienst Keuring Vee en Vlees事件判決がある(Case C-183/95, [1997]ECR I-4315)。しかし、国内裁判所からの質問が限定され、直接効果についての質問を送付しなかったために、判決は直接効果について判断しなかった(24)。