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しかし、法務官は、WTO協定・GATT1994が、なお著しい柔軟性に特徴付けられていることを指摘するとともに(Id. at I-4353)、同協定についても、実施のための措置が必要であること、WTO協定承認のための理事会決定が、共同体又は加盟国の裁判所において直接援用されないと述べていることから、直接効果を否定していたことは注意を要する(Id. at I-4357)(25)

また1998年のHermes事件判決でも、TRIPS協定50条6項の直接効果の争点は議論されているが、判決はこれに答えることは求められていないと述べて、オランダ民訴法289条をTRIPS協定50条(6)に照らして解釈するに止まり、直接効果について判断していない(Case C-53/96 Hemes v. FHT, [1998]ECR I-3603, at I-3650, para. 35)(26)。但し、法務官は、TRIPS協定の直接効果について判断し、相互性の観点から直接効果を否定していた。

これらの判決では、法務官が直接効果について正面から意見を述べているのに対して、判決は、明確に答えることを回避する傾向が見られ、少なくとも直接効果に積極的でない姿勢が窺われる。

 

ウ EC機関の行為に対する審査

そのようなWTO協定の直接効果に対する消極性は、無効訴訟におけるWTO協定の裁判規範性についての判決からも推測できる。すなわち、1999年のPortuguese Republic v. Council事件は、EC機関による行為のWTO協定違反が問われた無効訴訟の事案であるが、判決は、WTOはセーフガードの強化・紛争解決制度の点でGATTとは著しく異なると述べて、GATTとの相違を認識しながらも、その制度は、なお当事者間の交渉を相当程度に重視していると判示して、むしろ本質的には両者は共通すると判断している(Case C-149/96, [1999]ECR I-8395)(27)。そして結論として判決は、その性質と構造に照らして、WTO協定は、裁判所が共同体機関によって採択された措置の適法性を審査できるものではないと判示している(para. 47)。この認識を前提とする限りは、直接効果が否定される可能性は高いように思われる。

判決の理由付けでは、以下の2点が特に注目される。第一は、判決が、裁判規範性を承認することの意味を、司法と行政・立法との役割分担の文脈において理解していることである。すなわち判決は、WTO協定と矛盾する国内法の適用を控えることを司法機関に要求することは、締約国の立法ないし行政機関が、紛争解決了解22条によって与えられている交渉を行う可能性を奪われる結果を生じ(para. 40)、また、ECの立法・行政機関より、通商相手が享受している巧妙な措置が行える範囲を奪ってしまうと判示している(para. 46)。そして第ニは、判決が、裁判規範性を承認することを他の締約国との相互性との観点から検討していることである。すなわち判決は、ECの重要な通商相手である締約国が、司法機関によっては適用されず(para. 43)、したがって、アメリカが直接効果を認めないとWTO規定は不統一に適用されることになってしまうと判示している(para. 45)。いずれもWTO協定に基づく義務の意味を検討するのに有益な判示である。

 

5 日本法への示唆

本稿を終えるに当たり、以上のような欧州裁判所のGATT/WTO協定に対する態度は、どのような示唆をわが国に対して与えているのかを整理することを試みる。

第一に、WTO協定を裁判規範とする訴訟には、様々な形態が存在し得ることである。すなわち、WTO協定違反が国内裁判所において問われる場合には、第一に、裁判所で、個人がWTO協定を援用する状況がある。具体的には、個人が、政府・自治体の行為に対して無効訴訟・損害賠償請求訴訟などを提起する場合がこれに該当する。そして第一に、政府ないし自治体がWTO協定を援用する状況がある。ここでは、政府ないし自治体の行為が自治体ないし政府によって争われることになり、国が地方公共団体の協定遵守を確保するために地方自治法を根拠として提起する訴訟は、これに該当しよう。そして、これらの異なる状況における裁判規範性の承認は、相互に関連する可能性がある。換言すれば、欧州裁判所判例の検討は、ある場面で裁判規範性を認めることは、それ以外の場面での規範性の承認に繋がる可能性があり、したがって一場面だけでなく全体的な考察を行う必要があることを示している。すなわち、地方公共団体の協定遵守の観点から、WTO協定の裁判規範性を承認することは、それ以外の他の場面での規範性の承認に繋がる可能性があり、それだけを切り離して論議されるべきではないように思われるのである。

 

 

 

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