第8章 ECにおけるGATT/WTO協定の裁判規範適格性
1 はじめに
本稿では、欧州共同体(以下、ECないし共同体と言う)においてGATT/WTO協定が、どのような国内的効果を有するか、特にGATT/WTO協定違反が、欧州司法裁判所(以下、欧州裁判所)・加盟国の国内裁判所において争われた場合に、GATT/WTO協定が裁判規範としてどのように機能するかを検討することを目的とする。
GATT/WTO協定の締約国は、当然のことながら、それらを遵守する国際法上の義務を負っている。しかしながら、そのこととそれが国内裁判所における裁判規範として機能することを認めるか否かは、別個の課題であり、それは各締約国が独自に判断すべき事項である。そして、それらの裁判規範性を認めることは、一方では、締約国においてそれらの対内的な規制力をより実効的なものとする効果を生じるところ、他方では、ある締約国が裁判規範性を認めながら、他の締約国がそれを認めない場合には、相互性の観点から問題が生じることに注意しなければならない。本稿では、アメリカとともに、WTOの主要な構成員であるECの対応を検討することにより、わが国の取るべき対応についての示唆を得ようとする。
本稿の検討の前提として、最初に、ECにおける国際条約の法的地位について幾つかの点を確認し、その後にGATT/WTO協定についての判例を検討する。ECは、わが国やアメリカのような主権国家とは異なり、EC条約という国際条約の締結によって設立された国際組織であるからである。
2 ECにおける国際条約の位置
(1) ECが当事者となる条約
ア ECの国際法主体性
まず第一に、ECは、国際条約であるEC条約に表象された加盟国の意思によって創造された国際組織であり、国際法上の法人格を有し(EC条約281条)、国際法主体として国際社会において行動することは、域外の主権国家・国際組織によっても承認されている(1)。そして、ECには、EC域内に関係する対内的事項だけでなく、様々な分野で対外的に行動する権限が付与されている(2)。したがって、ECは、それらの権限を行使して、域外第三国と条約を締結することにより、国際法上の権利を取得し、また義務を負うことができるのである。ECは、欧州連合(以下、EUと言う)の一部である。しかし、EUにはECのような一般的な国際法主体性は認められておらず、またGATT/WTO協定の当事者は、EUではなくECであるので、本稿の検討はECを対象としたものとなることに留意されたい。
イ 2種類の条約
ECは、その設立以来、これまでに相当数の条約を締結しているが、ECが当事者となる国際条約は、二種類に分類される(3)。
第一は、EC自体が締結した条約である。EC条約は、ECが第三国ないし国際組織と協定を締結する権限を有することだけでなく、そのための手続をも規定している(EC条約300条・旧228条)。同条にしたがって締結された協定は、EC機関及び加盟国を拘束する(同条7項)。
第二は、旧EEC設立以前に、加盟国が当事者となっていた条約について、EECの設立に伴う権限の移譲により、EECが条約当事者しての地位を継承した条約である。その代表的なものとしては、「貿易と関税に関する一般協定(GATT)」がある。この場合は、厳密にはEC条約300条の対象ではないが、欧州裁判所の判例は、この種の条約もEC機関及び加盟国を拘束することを認めている(4)。
(2) EC法秩序における国際条約の地位
ア EC法の法源としての国際条約
これらECが当事者となる国際条約には、EC法の法源としての地位が与えられている。すなわち、条約は、理事会の決定に基づいて調印・締結され、EC官報に公告されることによって、直ちにEC法秩序の不可欠な一部となると理解されている。