「B規約は、1976年3月23日に効力が発生し、我が国は、1979年6月21日B規約を批准し(但し、22条について解釈宣言をなした)、同年9月21日に国内においてB規約が発効した。同規約はその内容に鑑みると、原則として自力執行的性格を有し、国内での直接適用が可能であると解されるから、B規約に抵触する国内法はその効力を否定されることになる。(6)」
本判決は、先のシベリア抑留訴訟判決のような判断基準をはっきりと示しておらず、国際人権B規約の「内容」をもって直接適用が可能であるとしているため、これが明確性の基準と同趣旨であるかどうかは断定できないが、条約規定の内容が判断基準となっているとは言うことができよう(7)。
4 日本におけるガットの直接適用可能性
これまで概観したように、わが国が締結した条約は特段の法的措置を講ずることなく国内的効力を持ち、それが裁判所において直接に適用されるかどうかは、直接適用可能性の問題として別途検討されるようになってきたが、ガット(8)あるいはWTO協定についてはどのような判断がなされてきたのだろうか。現在までにWTO協定に関する裁判例はないが、その前身であるガットについては数少ないが次の2つの判例が存在する。
(1) 神戸宝石事件
本件では、真珠やダイヤモンド等の関税通脱に関連して、ガットの通関手続規定の適用が争点となったが、判決はガットの直接適用可能性を問題とすることなく、その解釈適用を以下のように判示している。
「本件に適用せられる法令については、まず、国際法にいかなる規定が設けられているかを考えてみなければならない。国際法と国内法の関係に関して、日本国憲法第98条第2項は、条約の国内法的効力を認めていることは明らかであって、この条約遵守主義は弁護人の主張と同じく条約優位を語っているものと解せられる。
(中略)
まず、前記GATT第8条第3項に所謂締約国は税関規則又は手続上の要件の軽微な違反に対して重い罰を課してはならない、特に税関書類中の脱落又は誤記で容易に訂正することができ、かつ、明らかに不正の意図、又は甚だしい怠慢によるものでないものに対する罰は単に警告として必要なものを超えてはならない」旨の規定は、同条の輸入及び輸出に関する手数料及び手続に関するものであって、単に手続上の軽微な違反に対して重罰を課してはならない趣旨であることは不正の意図若しくは甚だしい怠慢による場合を除外している点よりみて明らかである。従って、関税逋脱等の実質犯に対してはその適用をみないものと言はなければならない。(9)」
このように本判決は、ガット第8条3項が直接適用可能かどうかを問題とすることなく同条項を解釈し、結果として本件の事案が同条項の範囲には入らないと判示した。したがって本判決は、ガットは国内的効力を持つことからただちに直接適用可能であるとの前提に立っていたと考えられる。
(2) 西陣ネクタイ事件
もう一つの事例はいわゆる西陣ネクタイ訴訟である。わが国では、国内養蚕農家を保護するために繭糸価格安定法が制定され、蚕糸事業団による一元的輸入制度の下、生糸価格の安定が図られていた。本件ではこの価格安定制度が問題となり、同制度はガットの規定に違反するかどうかが争点の一つであった。この点について京都地裁は、以下のように判示した。
「原告らは、更に、本件条項がガット17条に違反するので、本件立法行為は違法であると主張する。
ガット17条1項(a)において、各締約国は、国家貿易企業が、民間業者が行なう貿易の場合と同様に、商品の価格、品質、入手の可能性などの純商業的考慮のみに従って無差別に貿易を行なうようにさせることを約束する旨規定し、同2条4項において、国家貿易の対象となっている物品がガットで関税譲許の約束がなされている場合には、輸入価格プラス関税の額以上の価格で国内で販売して輸入差益を生ぜしめるようなことはしてはならないなどと規定している。
ところで、事業団は、右の国家貿易企業にあたることが明らかであるところ、事業団の行なう本件一元輸入措置及び価格安定制度は国家の養蚕農家などの保護のために自由市場に介入して価格を人為的に操作するものであり、輸入生糸を国内で売るときの価格次第では輸入差益が実質的に関税の引上げに等しいとの問題が生ずるので、本件条項は前記のガット条項に違反するのではないかとの疑問が出てくる。