日本財団 図書館


3 条約の国内直接適用可能性

(1) 直接適用可能性と国内法

上述のような方式をもって条約が国内的効力を持つとしても、実際の場面において条約がそのまま適用可能かという問題は残る。これが条約の直接適用可能性という問題である(「自動執行性」という用語も用いられる)。条約の直接適用可能性の基準としては、当事国の意思がどうであったかという「主観的基準」と、条約の規定が実際の適用に十分なほど明確であるかという「客観的基準」とがあると言われる。しかし、当事国の意思によって、直接適用可能な条約とそうでない条約を国際法上区別することは困難であり、また、条約が明確であるかの判断は、各国における国内法の状況によって異なり得る。そのため、ある条約が直接適用可能かどうかは、国際法上一律に決定されるのではなく、各国の国内法において決定される(2)

 

(2) わが国における条約の直接適用可能性

わが国の裁判所は、概して、条約は国内的効力を有するということから直ちに条約を解釈適用し、直接適用可能性を問題としない傾向だった。例えば、国際航空運送条約や国際民間航空条約に関しては、裁判所は事案が条約の適用範囲に入ることを認定すると、直ちに条約の実体解釈に入り、適用している(3)。また、日米租税条約に関する事件においても裁判所は、同条約の直接適用可能性を問題とすることなく、同条約の解釈を行ってきた(4)

しかし近年では、条約の直接適用可能性を明示的に判断する事例も存在する。例えばいわゆるシベリア抑留訴訟控訴審判決において東京高裁は、以下のように捕虜の待遇に関する1949年ジュネーブ条約の直接適用可能性を判示している。

「仮に控訴人らの主張を前提とし、49年条約66条及び68条が控訴人らに適用され、あるいはこれと同趣旨の国際慣習法が成立していると仮定した場合においても、国内の直接適用が可能であるか、あるいは国内立法等がなければ国内の直接適用はできないか、すなわち、個々の国民が右国際法を直接の法的根拠として、当然に具体的な権利ないし法的地位を主張したり、あるいは国内の司法裁判所が国家と国民あるいは国民相互間の法的紛争を解決するにあたり、右国際法を直接適用して結論を導くことが可能であるかどうかという国際法の国内適用可能性の有無の問題は、別途検討する必要がある。

我が国では、所定の公布手続を了した条約及び国際慣習法は、他に特段の立法措置を講ずるまでもなく、当然に国内的効力を承認しているものと解されるところ、国内的効力が認められた国際法規(条約のほか、国際慣習法を含む。)が国内において適用可能か否かの判断基準について考えるに、まず、当然のことながら条約締結国の具体的な意思如何が重要な要素となることはもとより、規定内容が明確でなければならない。殊に国家に一定の作為義務を課したり、国費の支出を伴うような場合あるいはすでに国内において同種の制度が存在しているときには、右制度との整合性等をも十分考慮しなければならず、したがって、内容がより明確かつ明瞭になっていることが必要となる。

(中略)

右の見地に立って、49年条約の66条及び68条の各規定及びこれと内容の同旨の国際慣習法(自国民捕虜保障の原則)の国内適用可能性の有無について検討するに、同条約の締結国の主観的な意思はともかくとしても、同条項においては、補償の対象者、補償の内容、方法及び期間等について、その内容が明確かつ明瞭になっていないし、またすでに詳細にみてきたとおり、第二次大戦以前から世界各国においては、それぞれ自国の軍人に対する各種の年金や手当て、災害補償等の諸制度を設置し、それぞれの国情に応じて実行してきているところ、右の諸制度の整合性等が全く明らかでないこと等からすると、仮に、49年条約66条及び68条が控訴人らに適用され、あるいは右条文と同旨の内容の国際慣習法が、第二次大戦終結時、ないしは遅くとも控訴人らがシベリアに抑留されていた当時、すでに成立していたとしても、控訴人らが、直接右条文ないし国際慣習法に基づき、被控訴人に対して補償請求することはできないものというべきである。(5)

このように本判決では、条約当事国の意思という主観的基準と明確性という客観的基準とを提示した上で、後者の基準、すなわち明確性がないという理由で、ジュネーブ条約の直接適用を否定している。

また、いわゆる京都指紋押捺拒否国賠訴訟控訴審判決は、以下のように、市民及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)の直接適用可能性を明示的に認めた。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION