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しかしながら本件一元輸入措置及び価格安定制度は、(中略)輸入圧力から蚕糸業の経営を保護しようと図ったものであって、それは、ガット19条によって締約国に許された緊急措置に該当する実質をもつものと解される。もっとも右の緊急措置はその性格上存続期間に制限があるのが当然であろうが、それは絶対的なものではなく、輸入圧力の持続期間との関係で相対的に決められるべきであるから、法12条の13の2が当分の間本件一元輸入措置を実施する旨定めたことをもって不当とすることはできない。

しかも、原告ら指摘のガット条項の違反は、違反した締約国が関係締約国から協議の申入れや対抗措置を受けるなどの不利益を課されることによって当該違反の是正をさせようとするものであって、それ以上の法的効力を有するものとは解されない。

したがって、本件条項がガット条項に違反し無効であって、本件立法行為を違反ならしめるものとまでは解することができない。(10)

このように本判決は、繭糸価格安定制度のガット違反の疑いを示唆しつつも、同制度はガット19条の下で認められている緊急輸入制限(いわゆるセーフガード)として正当化され、また仮にガットに違反するとしても、それはGATT上の紛争解決手続に従って是正されていくもので、国内裁判所における個人の請求の基礎にはならないと判示したものと解される。本件の価格安定制度がセーフガードに該当するかどうかは疑わしく別途検討する必要があるが(11)、ガットの直接適用可能性との関係では、本判決がガット締約国間の紛争解決手続を根拠にその直接適用可能性を否定したことが注目される。本判決は、問題となった価格安定制度がガット2条4項及び17条1項(a)に違反する疑いがあるとしつつ、GATT紛争解決制度の性質を理由にその直接適用を認めなかったため、条約規定の明確性又はその内容という先に見たシベリア抑留訴訟判決及び京都指紋押捺拒否訴訟判決の判断基準とは異なる要素を考慮したと言えよう。

本判決に対して学説上は、問題となったガットの条項の文言を検討する限りでは、これらの規定の最終的な受範者はもっぱら締約国政府のみと解するのが合理的であり、わが国の裁判所においても個人が直接援用することはできないとして、本判決を支持する見解がある(12)

他方で、ガットは国内的に直接適用が可能であるように明確に規定された法的ルールを含むものであることがその起草時より意図されていたとし、ガット2条4項は十分に明確かつ具体的であり、裁判所において直接適用可能だという見解が存在する(13)。また、憲法98条2項における条約尊重義務との関係において国会は、条約に違反しない法律を制定する義務を負い、一般的には条約違反の国内法はその効力を否定されるべきだとして、本判決を批判する見解もある(14)。さらに本件判決がガットの紛争解決手続を根拠としたことについては、独自の国際的履行確保手続を持つ国際人権B規約はわが国で直接適用が認められていること、及び、GATTの紛争解決手続は「協議の申入や対抗措置を受けるなどの不利益を課せられることによって当該違反の是正をさせようとするもの」というよりは裁判に近い準司法的性格のものと考えられること、等を理由とした批判がある(15)

このように本判決に対しては批判が強く、また控訴審判決および上告審判決とも、ガットの国内適用可能性については直接に判断していないため(16)、わが国の判例上、ガットの直接適用可能性に関する判断が、確立しているとまでは言い難いと思われる。

 

5 おわりに−WTO政府調達協定の直接適用可能性−

それではこれまで検討してきたことを踏まえると、WTO政府調達協定はわが国において直接適用可能と言えるのだろうか。WTO協定自体には、各加盟国における直接適用に関する明示的な規定は存在せず、また、現在までのところWTO協定に関する判決は未だ存在しない。そこで最後に、政府調達協定の直接適用可能性について、地方自治法上の是正要求の問題を踏まえつつ、若干の私見を加えることとする(17)

 

(1) ガットとWTO協定との違い

まず考慮すべきは、WTO紛争解決手続の司法化という点である。GATTにおいては、締約国間の紛争を審査するパネル(小委員会)は、紛争当事国双方の同意がなければ設置することができず、また仮にできたとしても、パネルの裁定は両当事国を含む全締約国の賛成がなければ採択できなかった。そのため、GATTの紛争解決手続は政治的な色彩が強い側面があったことは確かである。

 

 

 

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