(2) 制度的メカニズム
米国においては、政府調達協定を含むウルグアイラウンド交渉における成果の国内実施のメカニズムとして、1994年に、ウルグアイラウンド協定実施法(Uruguay Round Agreement Act)が制定された(9)。つまり、ウルグアイラウンド協定の国内実施は、国内実施のための一括的に国内法を制定することで行われた(この一括法は一般的事項を規定するとともに関連法の修正を含むものである。なお、政府調達に関する部分の主たる内容は、大統領に優遇調達からのウェーバー等を求めることを認めている1979年通商法の関連箇所の修正であり、調達法制を直接的に修正するものではない)。
このウルグアイラウンド協定実施法のイントロダクション的部分には、連邦と州との調整メカニズムが規定されている(Sec.102(b))。具体的には、以下の通りである。(A)大統領は関税と貿易に関する1984年法により設立された政府間貿易政策諮問委員会(IGPAC:Intergovenmental Policy Advisory Committees on Trade)により州とコンフォーミティーを確保するために協議を行う。(B)USTRと州の協議プロセスを設置する。(C)WTO紛争解決(州が提訴された場合)においては連邦政府と州政府とは協力する。(D)他国の地方政府に関するコンサルテーションをWTOで行うに際しては、州政府の適切な代表の意見聞く。
また、このウルグアイラウンド協定実施法は、連邦政府が州政府のWTO協定違反に際してその州政府の措置を改めさせるための争訟手続きについても規定していた(Sec.102(c))。その内容は以下の通りである。(A)連邦政府による訴訟によらない限り、州法がWTO協定に整合しないことを理由として無効になることはない。(B)WTOパネルあるいは上級審の報告が拘束力を持つわけではない。連邦政府は州政府の当該法律がWTO協定に違反することの挙証責任を負う。(C)連邦政府が訴訟を提起する場合、USTRは訴訟提起の30日前までに下院委員会(the Committee on Ways and Means)、上院委員会(the Committee on Finance)に報告しなくてはならない。
このように、連邦政府が最終的に州政府にWTO協定を履行させるにあたっては、争訟手続きによることとなっている。しかし、これまでのところ州政府に対する訴訟の実例はない(GATTの時代から存在しないようである)。この背景には、議会自身が、連邦政府には争訴による履行確保の権限はあるがなるべくやるなという態度を示している(これはSec.120(C)(C)において提訴30日前以前に議会委員会への報告を求めていることから推測される)という事情がある。また、ウルグアイラウンド協定実施法は連邦法については個別的な条項の改正を含んでいるが、州法については具体的修正内容には踏み込んでおらず(州法の具体的修正は連邦と州の協議の中で扱われ、その上で州が自主的措置をとることが期待されていると思われる)、訴訟において連邦政府は協定と州法等との不整合を立証しなくてはならないというように連邦側の負担が大きいという事情もある。そのため、例えば、マサチューセッツ州のビルマ法(ビルマと関係のある企業を政府調達において差別するという法律)が問題になった際にも、連邦政府は強い態度に出ることはなく、マサチューセッツ州政府との協議において他の利益の存在を示唆したのみであるといわれている。また、このマサチューセッツ州のビルマ法に関して、米国の国内団体がマサチューセッツ州政府を訴えた国内訴訟の際にも、原告の弁護士事務所によると、USTRはなかなか意見書も出さなかったという(10)。
また、そもそも、連邦政府が州政府の調達権限を規制する条約を締結できるか自体、極めてデリケートな問題であった(11)。一応、37州の同意を事前に得た上で、協定を締結するというプロセスを踏んでいるが、少なくとも政治的には、同意があるからといって協定の履行確保のための措置を州政府に強制できるというほど簡単なものではなかった。
(3) 小括−日本への示唆
以上のような連邦政府と州政府の調整過程の実際、また、その為の制度的枠組みは、日本と比べた場合、以下のような点で示唆的であると思われる。
第1に、米国においては、WTO政府調達協定交渉の早い時点から連邦政府と州政府の調整が行われ、それが州政府側の不満を抑える上で役立った。そして、そのような調整が実効的に行われた要因の1つとして、州政府の側に十分な政策知識を持ったキーパーソン(ニューヨーク州のモスコビッチ氏)がいたことがあげられる。