第4章 米国の地方政府におけるWTO政府調達協定の実施
1 はじめに
この報告では、第1に、米国におけるWTO協定締結あるいは実施に関する連邦政府・州政府間関係の調整メカニズムを明らかにしたい。連邦と州の調整の制度的メカニズムの分析、及び、具体的にはWTO政府調達協定の締結に際して連邦と州がどのような調整を行ったのかという過程の分析が含まれる。特に、いかにして政府調達協定の対象である37州が選ばれたのか、また、適用除外がどのような形で設定されたのかに焦点を当てたい。
第2に、米国の各地方政府における政府調達の仕組みがどのようになっているのか、また、その中で各種優遇措置や差別措置がどのように制度化されているのかについて明らかにしたい。また、特に、政府調達協定がかかってくる州における協定実施はどのように行われているのか、また、協定締結・実施における地方政府側のインセンティブは何であったのかについて明らかにしたい。米国地方政府がどの程度WTO政府調達協定を実際に遵守しているのか、どのような点に違反の可能性があるのかについても推測してみたい。
この報告の基礎となったのは、米国の各州政府等に対する現地におけるヒアリング調査と、関連する文献調査である。具体的には以下のようなものを調査対象とした。第1に、連邦政府のUSTR(United States Trade Representative:米国通商代表部)、WTO政府調達協定対象地方政府であるニューヨーク州政府(調達部局)、カリフォルニア州政府(調達部局、貿易部局)、マサチューセッツ州政府(調達部局)、WTO政府調達協定非対象地方政府であるニュージャージー州政府(調達部局)、ニューヨーク市政府(調達部局)に対してヒアリングを行った。また、企業サイド、特に外資系の企業サイドからの情報収集のため、ジェトロ・ニューヨーク事務所、在ワシントンWTO関係弁護士事務所(Powell, Goldstein, Frazer & Murphy LLP)に対してもヒアリングを行った。
第2に、他の地方政府の調達実行についても可能な限り文献資料で調査を行った。主な文献資料としては、米国州政府の調達担当部局間の組織であるNASPO(National Association of State Purchasing Officials)がまとめた地方政府の政府調達実践の調査記録である『州・地方政府調達:第4版(State and Local Government Purchasing:4th edition)』(1994年)(1)、オレゴン州が州内優遇をとる他州に対して対抗措置をとるために他州の州内優遇措置をまとめた「相互優遇法(Reciprocal Preference Law)」(2001年1月)という文書(2)、米国の貿易・投資促進を目的とする産業団体であるNFTC(National Foreign Trade Council)が各地方政府の対外制裁措置(例えば人権侵害国に関係する企業からの調達を差別するというもの)についてまとめた「州・地方サンクション監視リスト(State and Local Sanctions Watch List)」(2000年3月)(3)、貿易・投資円滑化ビジネス協議会(事務局:日本機械輸出組合)がまとめた「米州の貿易・投資上の問題点と要望」(2000年6月)(4)を、特に参考にした。
2 連邦政府・州政府間の調整メカニズム
(1) WTO政府調達協定締結過程における連邦政府・州政府調整過程
ア 政府調達協定締結に至るプロセス
連邦政府においては、GATT、WTOを担当するUSTRが主たるアクターとなった。USTRはいくつかのメカニズムを用いて州政府との調整を試みた(5)。第1に、政府間貿易政策諮問委員会(IGPAC:Intergovernmental Policy Advisory Committeeson Trade:1974年設立)を用いて州政府との調整を試みた。第2に、ホワイトハウスのTPSC(Trade Policy Staff Committee)による各地でのヒアリングを通して、地方政府の理解を求めた。第3に、全国知事会(National Governors Association)、全国州議会議員会(National Conference of State Legislators)、全国市長会(National Conference of Mayors)といった各種全国団体を通して支持を訴えた。そして、例えば、全国知事会もWTO支持の決議を採択した。第4に、SPOCシステム(State Point of Contact system)を通して調整を試みた。SPOCとは、USTRが州知事の指名する州政府内部のコンタクトパーソンを通じて州と協議するメカニズムである。