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それゆえ、改革を、一連の連続的行動にすぎないと考えるのは不適当である。改革を理解しようとするなら、改革は討議の過程でもあると考えなくてはならない。すなわち、他の参加者から、まず別の目標(たとえば象徴的目的の達成など)が、次に関連する「証拠」を認めるための別の枠組みと規準がもたらされるかもしれない討議の過程である。

 

最後に、本書が使用するパブリック・マネジメントの改革のオリジナルの定義に戻るなら、それは重要な必要条件と詳細とを備えており、またわれわれの現在の目的に役立つと思っている。パブリック・マネジメントの改革は‘公共部門組織の構造と過程に起こる、熟慮された変化を取り扱うものでなくてはならず、それらが(ある意味で)より良く達成されるようにするための目標を備えていなくてはならない’。そこで、これには、以下の点を付け加える必要があるだろう。

 

・かかる熟慮された変化は、イデオロギー的特徴を備えていて、それ自身が研究するに値する、いくつかの理念の、特定の組み合わせによって形成される。

 

・かかる理念は多かれ少なかれ、条件がよく整備されていて、多かれ少なかれ、その目的にふさわしいものであるかもしれない。ものごとがより良く進行するようにできるかどうかはテストされるべきであり、あらかじめ成功が仮定されてはならない。

 

・国家と市民社会との間の「出力リンケージ」の両端で、行為者、すなわち一方の端では政治家と官僚、それに民間の行為者(市民)、もう一方の端ではマネジメント・コンサルタントや大企業といった、経済的利害関係者からの影響による変化がある。(注目すべきは、実際ワシントンの多くのロビーを支配している牛耳っている強力な法人行為者がパブリック・マネジメントの改革関連の合衆国のベストセラーReinventing government (Osborne and Gaebler, 1992)(邦訳:行政革命)』(1992年))によって伝えられた政府=市民関係の説明から、いかにしてほぼ完全に消滅したか、である。

 

・それゆえ、マネジメントの改革は、いずれの国においても、最大の関係者である政治家と民間の行為者のローカルな先入観と優先順序によって形作られるようになるのは、ほぼ確実である。これらのローカルな、価値や習慣、ものの見方は、きわめて変化に富んでいる公算が大きい。世界中の国々(でなければ、西ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリアなどの自由主義諸国)に単一の改革の鋳型を適用して成功するということは、本質的にほとんどありそうにない。

 

・改革は、様々なレベルで発生するし、その範囲も様々である。ハーリガンが有益な対比を行っている(『1997年』19ページ)。彼は改革を、順番によって分類した。すなわち、‘一番目’―一般に容認されている慣行の調節と転換―、二番目―新しい技術の採用―、三番目―複数の最終目標の全体を構成する複数の理念の組み合わせや行動を導く枠組みの変化である。本書が主として取り扱うのは、改革において二番目と三番目に生起する事象である。

 

・「ことをうまく運ぶ」ということは、個人や集団が異なれば、異なる内容を意味するし、またある局面や、ある目的に対して能力を向上させるということは、(意図的にせよ、そうでないにせよ)その他の局面においては能力の低下につながるかもしれない。

 

 

 

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