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さて、ここで以上の五つの定義を振り返ると、普遍的な点がいくつか引き出される。本書がどのような意図でこれを行うか、それはパブリック・マネジメントとは「ほんとうは」なにか、について、単一の、明確な定義に到達するためではない。この種の語義論的帝國主義は「言語学的」というか「理屈をこねたがる」という「変化」があった後、科学の多くの分野においてすっかりすたれた(Fisher and Forester, 1993)。しかしながら、複数の定義を比較すれば、問題となっている考え方の、変化している意味やいくつもの側面のより良い評価を達成することができる。要するに、「パブリック・マネジメント」と「行政」という語が現在‘いかに’用いられているか、そして特定の用法の背後には、どのような基礎となる仮説が横たわっているか、が捉えられるのだ。

 

第一に、「パブリック・マネジメント」という語は、少なくとも3つの意味で用いることができる。この語が明示的に意味するのは、公共サービスと政治家の‘活動’の場合もある。また、行政府の‘構造と過程’について言及するのに用いられることもある(たとえば『総合的品質管理(Total Quality management)』や結果志向の予算編成など、技術について用いられる場合)。最後に、活動、もしくは構造と過程のいずれかの‘体系的研究’を意味することもある。古い言葉である「行政」もまた、この三通りの意味で用いられた(Pollitt, 1996b)。本書では、「パブリック・マネジメント」という語を最初の二つの意味に限って用い、体系的で学術的かつ職業的研究の分野におけるその地位については軽くふれる程度とする。

 

第二に、「パブリック・マネジメント」はしばしば新種の活動とみなされ、旧式の「行政」と対比されることもまた明らかである。パブリック・マネジメントは近代化―変化を呼ぶ活力―の兆候とみなされているのだ。それゆえ、パブリック・マネジメントという語は、みずからが「進歩の力」とみなされることを願う政治家や官僚にとって正統を示すラベルの役割を果たすことができる。ここに、アメリカの副大統領アル・ゴアを引用する。

 

クリントン大統領とわたしは、政府をよりよく機能させていることとともに、より小さな政府を作ったことを誇らしく思っている。まだ十分良く機能しているとは言えないにせよ、あるいは十分に小さいとは言えないにせよ、われわれは間違いなく、ものごとを正しい方向に向かわせたのだ(Gore, 1996, p.4)。

 

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