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2] 観光地づくりの沿革

・1991年から観光村として計画づくりが実施されるようになった。この頃、インドネシアの観光専門家や行政機関は、ビレッジツーリズムという考え方に注目されており、1992年にPenglipuranは国からビレッジツーリズムのモデル事業として指定されたのである。この計画に基づいて、1992年にはゲストハウスや駐車場が整備され、1993年4月にはBanliの法令で、公式に観光村として定められた。

・村では観光村としての運営のために財団をつくったが、1994年までは機能しておらず、村の青年組織に入村料の徴収の仕事をまかせた。ただし、入村料の60%は地区政府(Bangli)に納め、残り40%は村に納めた。この半分の20%を徴収者にフィーとして払い、残りうちの10%を清掃活動費、残り10%を安全維持費としていた。そのため実質的にこの地元村は何の利益も得られていなかった。

 

 

 

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