その点、欧米の地理学を中心にポストモダンの潮流の下なされた近年の「空間」論においては、観光を題材にするというよりは、観光、特に観光の目的地の性質やその文化的形成プロセスを説明するためのいくつかの視点を提供している。
それは特に、他者、異他性への問いを孕むが故に注目されている、境の空間liminal space*5、周縁margin*6、第三の空間thirdspace*7、ヘテロトピアheterotopia*8、といった用語で語られる空間であり、そこでなされた議論を異他性との関係から整理することで、観光現象を説明する際に錯綜しがちであった文化的視点をまとめることが出来ると考えられる。特に境の空間は、観光現象の特徴を語る際に最もよく言及される通過儀礼の第二段階の境界性の概念を空間化したものであり、シールズは娯楽の場のパフオーマンスを、境の空間へ旅する空間の実践を含むと表現し、観光の目的地と境の空間を重ね合わせている*9。そこで観光現象を語る際に最もなじみ深い境の空間にまつわる議論を起点に、われわれが観光の目的地を成立させる文化的要因を整理し、そこから得た知見を基に、リゾートという特定の社会における非日常の娯楽空間が生産されるプロセスを説明することにしたい。
II 境の空間の特徴
(1) 観光の欲求を生み出すもの-非日常の他所として-
観光現象は、ヘネップ*10が指摘した「分離」→「過渡・境界」→「再統合」という三段階の『通過儀礼』の過程にしばしばなぞらえられてきた。この通過儀礼の過程は、観光の目的地へ行って帰るという観光と行動様式が類似しているばかりでなく、最も注目された第二段階の「境界性liminality」に、観光を語る際に強調される「非日常」の性質*11が見出されたが故に、観光現象を説明するための重要な文化的モデルの役割を果たしてきた。
境界性の段階の非日常性については、そこに日常の構造劣性としての「反構造」や平等な社会関係としての「コミュニタス」を見出したターナー*12をはじめとして、1970年代の祝祭論の論者たちの多くが「異種混淆性」「多義性」「両義性」を強調することで盛んに言及した。この境界性は祝祭論のコンテクストで比較的注目を集め、観光研究への応用可能性も語られていたものの*13、実際には当時の研究者の志向で巡礼などの前近代的な現象が注目を集めていたうえ*14、境界性の議論が空間よりも時間の段階として議論されたがために、観光の目的地の空間の性質はあまり探求されてはこなかった。
*5 1]shields, R., Places on the Margin: Alternative geographies of modernity, Routledge,1991,334p. 2]Teather, E.K., embodied geographies: spaces, bodies and rites of passage, Routledge,1999,268p.
*6 前掲5の1]
*7 Soja, E., Tdirdspace: Journeys to Los Angeles and Other Real-and-Imagiened Places, Oxford and Cambridge MA, Blackwell, 1996,334p.
*8 Foucault, M., ‘Of other spaces', Diacritics, pp.22-27.
*9 Shields, R., Space for the subject of consumption'(Shields, R.eds.,Lifestyle Shopping: The Subject of Consumption, Routledge,1992), pp.1-20.
*10 ヘネップ, V(織部恒雄・織部祐子訳)『通過儀礼』、弘文堂、1977、237頁。
*11 アーリ, J.(加太宏邦訳)『観光のまなざし-現代社会におけるレジャーと旅行-』、法政大学出版局、1995、314頁。
*12 ターナー, V.(梶原景昭訳)『象徴と社会』、紀伊國屋書店、1981、351頁。
*13 前掲12
*14 吉見俊哉「祝祭、境界侵犯、文化の政治学」(せりか書房編『ミハイル・バフチンの時空』、せりか書房、1997)36-78頁。