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この境界性の議論を、空間化し、かつ観光研究へと展開させたのは、「周縁の場所」という論集において海浜リゾートであるブライトンやハネムーンのメッカであるナイアガラの滝を論じたシールズの研究である*15。シールズはブライトンの浜辺を「境界域liminal zone」(もしくは「境の場所liminal place」や「境の空間liminal space」)という空間化した表現で指し示し、バフチンのカーニバルの議論にも依拠しながら、その境の空間が非日常的実践の空間たることを指摘し、「治療」→「娯楽」→「汚れた週末」へと境の空間が文化的に生産され変容する過程を描き出した。また彼の議論を受けたヘザーリントン*16は、ターナーの境界性の議論をフーコーのヘテロトピア、もしくはマラン*17が「空間の遊戯」という空間の実践として論じた「ユートピア的なものutopics」と結びつけ、イギリスの新世代の旅行者たちにとってのストーンヘンジの持つ役割を描き出そうとした。このように境界性の思想は、空間的思考を経由して、観光の研究、わけても観光の目的地を論じるための概念として積極的に活用され始めたといえる。

このような境界性、もしくは周縁の境の空間に注目する研究は、中心-周縁という二項対立的な認識にあるが如く、特に祝祭論的見方をとる研究者を中心に「他所other place」としての境の空間の性質を強調してきた。実際、サイードをはじめとして多くの論者が提起したように、ステレオタイプ化された「他所」こそが魅惑の源泉なのであり、観光の動機はまずここに存在する。特にリゾートなどの社会的に認められた娯楽の空間は、日常生活世界とは異なる他所のイメージが布置された場所として、シールズの用語でいう社会空間化social spatializationされていると考えられる*18

 

(2) 観光現象を支えるもの-中間としての両義性-

ただし、ターナーが「反構造」を象徴的構造の劣性のみに限定し、無意識の構造が境界性の段階に存在していること認めざるをえなかったように*19、常に境の空間には日常生活世界に見出される要素が見え隠れする。そのため観光現象は、非日常の時空に真正性を求める現代の巡礼であるとするマッカネル*20のような「オーセンティシティの追求」説と、おなじみの「環境の泡」のなかで執り行われるとするブーアスティン*21のような「疑似イベント」*22という相反する理解がなされるようになった。

 

*15 前掲5の1]

*16 Hetherington, K., ‘VANLOADS OF UPROARI0US HUMANITY: New Age Travellers and the utopics of the countryside'(Skeltony, T.and VaIentine, G.eds., Cool Places: Geography of youth cultures, Routledge, 1998), pp.328-342.

*17 マラン, L. (梶野吉郎訳)『ユートピア的なもの-空間の遊戯-』、法政大学出版局、1995、412頁。

*18 前掲5の1]

*19 前掲12

*20 MacCannell, D., The tourist: a new theory of the leisure class, Macmillian Press, 1976,214p.

*21 ブーアスティン,D. J. (星野郁美・後藤和彦訳)『幻影の時代-マスコミが製造する事実-』、東京創元社、1964、340頁。

*22 1]山下晋司「観光人類学案内-〈文化〉への新しいアプローチ-」(山下晋司編『観光人類学』、新曜社、1996)4-13頁。2]前掲11

 

 

 

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