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ネパールはおもしろい国で、ヒマラヤ登山には入山料金を政府に払わなければならない規則になっている。高い山に登るほど料金も高くなり、エベレスト登山料は三千ルピー、そして、ヒマラヤで雪男を捜すとなると、世界最高峰エベレストに上るよりさらに入山料金が高く、五千インド・ルピー、邦貨にして、約四十万円払わなければならない。だから、財源に乏しいネパール政府にとって、私たちのような探検隊はよいお客様であり『雪男なんていません』といいふらされると、ネパール政府の登山係のお役人は、立場上困るのだ。

 

1960年のネパールでも、すでに雪男による外貨獲得(一般客ではなく学術探検隊という相手ではあるが)が行われていた。多かれ少なかれ、いつの時代も未確認生物の調査と、その土地の観光産業とは、見えない糸でしっかりと結ばれているのである。

 

2] 未確認動物観光のあり方

未確認生物による観光産業振興は、既存の物理的な資源に頼らず、人間のイマジネーション・知的好奇心を刺激する、新たな観光のあり方を指し示す上での可能性を秘めている。しかし一歩間違えば、詐欺まがいの商法を生み、さらには現地の自然破壊を招きうるという危険もはらんでいるということは、しっかりと認識しておかねばならない。

神農架のケースは、“雑交野人”報道によるねつ造された情報の流布、高額な懸賞金をかけることによる商業主義的探検旅行の扇動など、確かに感心できない手段が、多々用いられていた。それらは結果的に神農架の名を世間に再認識させることには成功したが、その仕掛け人たちのモラルの問題については大いに批判されるべきであろう。

日本の見せ物小屋師がよく使う言葉に「コマす」と「ガマす」というのがある注13。どちらも、言い換えれば客をだますということであるが、客の方でも見せられるネタがある程度いかさまであることを承知の上で、楽しむのが「コマす」。反対に、詐欺まがいの方法で客を呼び込み、ペテンにかけるのが「ガマす」であるという。そして、それは肝心のネタそのものよりも、呼び込みのタンカが重要であるとのこと。「客の前には姿を見せない(であろう)“野人”」をネタにする神農架が、観光客に向けて取るべき態度は前者の「コマす」でなくてはならない。

「“野人”探検旅行カード」にしても、結果的には一枚500元という大金を旅行者が負担することになり、自然保護区内を個人で自由に探し回れるわけではない(国家林業局は許可していない)ことを考えれば、これは“野人”捕獲が不可能なことを前提とした、客を「ガマす」“あこぎ”な商法である。

 

注13 鵜飼正樹「『コマす』装置…見世物小屋の構造と論理」(『見世物小屋の文化誌』1999年、新宿書房、所収)。

 

 

 

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