中国の著名な学者たち(その名は記されていない)が、神農架に“野人”がいる可能性はなく、毛髪などの証拠品も偽造されたものだと断言し、商業主義で大規模な探検隊を神農架に送り込むことは、野生動物保護法違反だと主張しているという。具体的に名指ししてはいないが、これが例の懸賞金をかけた「“野人”探検旅行カード」計画を、暗に批判していることは明らかである。
しかし、未確認生物を観光客獲得の手段としているのは、神農架に限ったことではない。スコットランド、ネス湖のネッシーは、今でも地元民にとって重要な観光資源となっている。1994年3月14日イギリスの『サンデー・テレグラフ』紙が、かの有名なネッシーの写真はインチキであったことを暴露し、ネッシー論争に終止符が打たれようとしたが、ネッシー目当てに来る観光客相手に生計を立てている地元民からは、猛抗議が起こったという。日本でも北海道屈斜路湖のクッシーが、1973年頃からその存在が取り沙汰されている。現在はすっかり下火になってはいるものの、今でも現地ではクッシーの大きな模型が湖畔に設置されており、クッシー饅頭などのお土産品も各種取りそろえている。最近でもちまたを賑わせた謎のヘビ、ツチノコについては、目撃談の多い岐阜県東白川村や兵庫県千種町などで、それぞれ捕獲に懸賞金がかけられている。
未確認生物の草分け的存在、ヒマラヤの雪男については20世紀初めから各国が探検隊を送り込み、調査にあたっている。多摩動物公園園長だった林寿郎氏は、1960年に東京大学教授の小川鼎三氏を隊長とする「雪男学術探検隊」に参加したが、その時のことを著書の中でこう述懐している注12。帰国直前、ネパールの首都カトマンズの役人とのやりとりである。
私たちは、今回は雪が少なくて新しい証拠とする足跡が発見できなかった、しかし、今でも雪男は本当にいると思っていると答えると、お役人は安心したらしく、「また、ぜひ雪男を捜しにきてください」と愛想がいい。
注12 林寿郎『雪男 ヒマラヤ動物記』(1961年、毎日新聞社)より。