4. 結び
1] 未確認動物と観光
本稿では、“野人”で有名な中国神農架のケースを詳細に追うことを通じて、未確認生物と土地の観光産業振興の関わり方について考察してきた。“野人”(という記号)は、かつては政治的に用いられ、そして一度は葬られた存在だった。しかし、この世紀末中国に、社会主義市場経済の生んだ新たな怪獣として復活を遂げた。背景には三峡ダム工事などの国家規模の事業、香港返還などの歴史的イベントにともなう、新たな観光地開発の必要性という問題があった。
そして、VCDという最新のメディアや、それに飛びついたマスコミを利用することによって、秘境・神農架の名を全国に知らしめる(あるいは思い出させる)ことには、ある程度の成功を収めたと言えるだろう。
しかし、今回の一連の“野人”によるプロモーションには、否定的な声も多い。私が神農架で取材した動物学者の胡振林氏なども、事実を歪曲した“雑交野人”報道をはじめ、無責任な記事を流すマスコミに嫌悪感を露わにしていた。その他、“野人”を学術的に研究している学者たちは、おおむね今回の“野人”騒動については一様に眉をひそめているようだ注11。
注11 例えば中国科学院の古人類学者・振新教授は、未発見の高等霊長類の存在を信じているが、一連の“雑交野人”報道についてははデマであるとして、まじめな“野人”研究者という立場から批判している(『成都商報』1997年11月8日)。