『海難事故ゼロを目指して』
元広島海上保安部長 兒玉尹宏
海難事故に関わったときの忘れられない場景です。
・衝突事故発生後、時間的経過のないうちに収容され、口から泡を出し、鼻孔から血を出している遺体
・転覆事故発生の一年後、深い海底から引き揚げられた船体の中に、ヒッソリと横たわって白鑞化していた遺体
亡くなられた方の無念の思いが、遺族の方々の嘆きや悲しみとともに、聞こえてくるようです。
事故は起きると悲惨です。行方不明のまま、葬儀をすることすらあります。
事故を未然に防止することの重要性を痛感します。
衝突と海中転落の事故例を取り上げ、事故防止の要点を探ってみます、
1 事故例
(1) 衝突事故
ここでは、相手船を認識していながら、双方とも適切な措置を取ることなく接近を続け衝突したケースと、相手船に双方とも気が付かないまま接近し、気が付いたときは衝突直前で回避手段がなく衝突したケースを取り上げてみます。
1・相手船を認識していた事例
これは特定港の航路内で、貨物船同士が行き会い関係から衝突した事例で、発生時刻は薄明かりが残る夕暮れどき。この時間帯は、他船の灯火はまだ明確には視認しづらく、この頃から、船体は夕闇に溶け込んで、次第に視認できなくなります。
以上は、互いに相手船の動静を十分に確認しないまま行動したことが原因です。教訓として次の点が挙げられます。
1] 自船の意志を他船に伝達する際は、明確に伝える
出港船は入港船の信号を誤解した。紛らわしい行為は行わないことが大切です。
2] 信号を受けた側も、自船の意志を信号により発信する
出港船が入港船の信号を左転と判断したとき、自船も左転する旨の信号を発信すれば良かった。そうすれば入港船側も出港船の勘違いに気づき、その後の措置が自ずと違ったものになったと思われます。
3] 疑問信号を活用する
夕闇が迫り船体が視認しづらい状況下では、入港船は出港船の行動がはっきり確認できなかった時点で、出港船は入港船の行動がおかしいと思った時点で、双方が思いきって閃光5回以上の疑問信号を発信すれば、互いに意志確認ができたかも知れません。
4] 早めにエンジンを減速又は停止する
相手船の行動に疑問を抱いた時点でエンジンを減速又は停止し、状況確認に努めれば衝突は免れたと考えられる。このことは、船の安全確認に極めて重要です。
2・相手船に気づいていなかった事例