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これには必然的に多くの問題が伴います。中でも最大の問題は、この概念の解釈がきわめて多岐多様にわたるということです。最近、「サイエンス」誌1で、さまざまな条約や宣言に関する14の異なる解釈について扱った論文が掲載されました。その論文によれば、解釈は、ニューテクノロジーの導入を一切禁止する最も厳しいものから、科学的証拠が全くなくても決定を求める最も甘いものにまで及んでいるといいます。北海の保護に関する1990年宣言は、「廃棄物の海洋投棄とその影響との因果関係を立証する科学的証拠がなくても」行動を起こすことを求めています。

いずれにせよ、不確実性と予防原則によって意思決定の本質が変わっています。これは、ある意味では「常識的な判断力」への回帰であるとともに、古くからの土着の文化、そして我々が先進の科学的手段を用いて研究に着手するよりもはるか昔から天然資源や環境の保護・持続可能性に関する知識を備えていた人々の声に耳を傾けるということでありましょう。

 

リスク

不確実性はリスクを伴います。そして、不確実性が大きくなればなるほどリスクも大きくなります。リスクは、評価と計算によって低減できるとともに、「協力」によっても低減できます。現在の経済体制に内在する競争によりリスクは増大します。沿岸域総合管理には、「リスク管理」が欠かせません。すでに沿岸域・海洋総合管理に不可欠であると認識されている「環境影響評価」では、法制定、建築規則、地元社会の防災訓練、保険の拡大、地元社会の互助的な小型保険方式の導入など、環境に対するリスク、リスク管理、リスク低減を検討すると同時に、人的被害の低減にも取り組みます。

本稿で扱っている「海洋管理の哲学」の基本概念全体の根底には「協力」がありますが、この「協力」の強調は、「人類、ひいては生物一般は、基本的に協力的であり、進化の原動力はまさに協力にある」とするクロポトキンおよびクロポトキン派の環境学者らの説を前提としています。確かに紛争は存在し、これからも存在しつづけるでしょう。しかし、もっと広い視点から見れば、紛争は散発的で短期間のものです。長い目で見れば、主流は協力にあります。そうでなければ、人間は、漫然と散在する大量の単細胞原生動物になっていたのではないでしょうか。そうなれば、協力の上に成り立っている後生動物も、生物も、家族も、種族も、都市も、国家も全てないことになります。

また、人間と自然との基本的な関係を決めるのは紛争ではなく協力です。「海洋管理の哲学」では、文化の進化を「自然の進化の継続と加速」と捉えます。また、人類を自然の支配者ではなく自然の一部と考えます。つまり、万物は繋がっていると考え、知性、芸術、技術、宗教、倫理の根源を動物界に求めます。自然に対しては人間自身を扱うように、そして人間に対しても自然を扱うように対応するのです。すなわち自然破壊は人間破壊に他なりません。

新しい海洋管理のモデルは、こうした哲学と足並みを揃え、「人間は協力的かつ社会的な種である。とくに20世紀には有史以来の恐ろしく血なま臭い数々の惨禍が続いたが、人間は、共通の善なるものに自己利益を見出すよう動機づけができるものである」という信念の上に成り立っています。

 

12000年5月12日付け「サイエンス」誌、288巻5468号。

 

 

 

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